牧くんのコンビニ生活#27。(海野さんの休日①)
ぼくは今、サンタクロースになった気分だ。赤い洋服を着たり、真っ白いヒゲを生やしているわけではないけれど、心がサンタなのだ。いちごマートでも他のコンビニと同様、クリスマスシーズンに向けて、ケーキやチキンを販売する準備を進めている。ぼくにとっては初めての、そして最後の、コンビニのクリスマス。ひとりぼっちのクリスマスをどうやり過ごそうかと悩んでいた去年より、うんと心が明るい。ささやかながらも、誰かがクリスマスを楽しむ手伝いをしている、そんな満足感があるせいなのだろうか。
どこのコンビニでも、びっくりするほど多種多様なクリスマスケーキが販売されている。大手はさすがに人が思わず買いたくなるような工夫をこらしている。有名洋菓子店とのコラボ商品だけでなく、人気歌手や、子どもたちに人気のアニメキャラクター付きのもの、糖質をカットしたケーキ、卵・乳・小麦を使わないケーキなど、消費者のニーズに寄り添った商品を取り揃えたりして。まあ、つまりはそれだけケーキを売ることに意欲を燃やしているわけなんだろうけど。
我がいちごマートも、クリスマス向けのケーキは全部で16種類用意している。おなじみのストロベリーと生クリームのケーキも4号から6号までのサイズがあるし、ショコラ・ド・ノエルやチーズケーキ、ミルクレープ、マロンケーキ、真っ赤ないちごで覆い尽くされた苺のタルトなんかも、写真で見るだけで圧巻だ。甘いものが得意でないぼくとしては、写真を見るだけで、もうお腹がいっぱい。
そして値段も目玉が飛び出るほど高いんだな、これが。たったの数分で自分の胃袋に入っちゃうスイーツに、こんなにお金使っていいの?大丈夫?って思うのは、ぼくだけなのかな。人の価値観もさまざまだから。クリスマスに、豪華なご馳走食べるのが当たり前だって思いすぎるのは、かえって気持ちがしんどくなるような気もするけれど。いけない、いけない、すぐに考えすぎてしまうのが、ぼくの悪い癖だ。
クリスマスケーキの店頭受け取りは、12月23日から25日のあいだで、受け取り時間は14時以降に決められている。そしてケーキを取りに来た人が、チキンなどの揚げ物も買っていくから、レジは大忙しになる。そのためクリスマス前後の一週間は、短期バイトの募集もかけている状態だ。少しずつ、人数は集まりつつある。
ぼくが任されているのは、それらの短期バイトの子たち全体を指揮すること。仕事そのものは簡単なのだけれど、慣れない場所で、普段やらないことをすると、人はミスをしやすい。それがなるべく少なくて済むようにアシストする役目だ。
商品の受け渡しや、お金の受け取りについても、いつも以上に丁寧にやらなくてはならないし、クリスマスケーキは、壊れやすい生ものだから、うっかり落としたり傾けたりしないように、心配りもしなくてはいけない。ケーキの箱を入れる袋を手際よく開く練習も、事前にジェスチャーしておこうと思っている。
バイトに入る子の中から、揚げ物専門に動いてもらう担当を決めて、その子にはひたすらチキンを準備してもらう予定だ。なにせレジ裏は狭いから、人の動線がなるべく重ならないようにが鉄則だと思う。役割分担ができていれば、初対面同士のバイト生でも、それほどテンパることなく動けるだろう。何をするにしても、準備がいちばん決め手になる。それでも何かトラブルが起こった場合は、その時対処の方法を考えればいい。
ぼくがこんなにクリスマスに向けてやる気を出しているのには、理由がある。海野さんに2日間の休日を過ごしてもらうという、大きなミッションがあるのだ。
ぼくのアイデアを聞いた大島さんは、とても驚いたけれど、
「そりゃあ、すごいわ。そんなアイデア、牧くんしか思いつかないわ」
とすぐに賛同してくれた。その計画は、大島さんからスタッフの皆に瞬く間に伝達された。それはそうだ、大島さんは影の店長なんだから。
いちばんの敵は本部だ。直営店の店長が、一年でいちばん稼ぎ時の、大事な時期に休みをとるなんて、きっと許してはくれないだろう。正面から攻めても無理だ。何か方法を考えないと。
ぼくが狙いを定めたのが、本部からやってくる高橋さんだった。高橋さんは10月に勤務異動で、うちの店舗の担当をするようになった若手の社員さんだ。30代前半で、スタッフの誰とでも気さくに話をしてくれる。高校生までは野球部だったという話通り、さっぱりした気性の持ち主だ。
本部の社員さんの仕事は、自分の担当する8〜10店舗がうまく回転するように、直接店を訪れて指導したり、店長の相談にのったり、必要に応じて指導したりすることだ。高橋さんは若いけど仕事は出来る人で、以前、人手が足りない時に惣菜作りを手伝ってもらったところ、すごい手際であっという間に、その日分の弁当を仕上げたという話も聞いている。
ユースケくんの万引き事件についても、海野さんと意見をすり合わせながら、どう本部に報告するか、真剣に考えてくれた人だ。これまで本部からきていた社員さんとは違う。高橋さんを味方につけて、海野さんに休日をとってもらおう。ぼくは、もうそれ以外によい方法は、どれほど頭をひねっても出てこないと直感した。
(つづく)