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牧くんのコンビニ生活#22。(不穏な空気②)

ぼくがユースケくんに最後にあったのは、それから4日後のことだ。まさかこんな展開になるなんて想像もしていなかった。ぼくは今日もふつうにレジに立ち、当たり前のようにお客さんの対応をしている。お客さんも当たり前のように買い物している。いつものいちごマートなのに、いつもと違う。そのことをぼくは身体の内側でヒシヒシと感じている。

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まさか万引きしていたのが店の内部の人間だったというのは、スタッフ皆にとっておどろきを飛び越えて衝撃だった。それも笑顔のよく似合う、皆に好かれるユースケくんだったとは。

海野さんがバラしたわけではない。夜勤組の井上くんが、店長が防犯カメラを確認しているのを、更に後ろからのぞき見してて見つけたのだ。ユースケくんは、惣菜を並べる仕草をしながら、するりとおにぎりをポケットに忍ばせていたらしい。慣れた手つきで、よく見ないと見落としてしまいそうだったという。噂って怖い。ユースケくんが、お菓子や菓子パンも毎回持ち帰っていただの、タバコをカートンごとくすねて、友だちに売りさばいていただの、あれよあれよという間に話は広がっていった。どこまでが事実で、どこからが作り話なのか、判別のしようがなかった。

「今度、ユースケくんがシフトに入った時、店長どうするんだろうね?」
「そりゃあ、問い詰めるだろうね。このまま知らん顔しておくわけにもいかないでしょ。本部だって、万引きの件は知ってるんだから」

「店長の教育が行き届いてなかったってことになるんじゃない?一年以上働いてるバイト生が万引きしてるなんて、これまでの被害がどのくらいだったか分からないよ。バレずに長いあいだ続けてた可能性もあるしね」

おばさんたちって怖い。この前まで一番人気だったユースケくんの悪口で、大盛り上がりしている。いつもよりパワーがみなぎっているようにすら見える。大島さんだけが微妙に元気をなくしてて、それでも平静を装って明るく振舞っている。

その日、店長はバイトにやってきたユースケくんに早々に声をかけた。店にいたのは、ぼくともう一人、女の子のバイト生だけだった。
「ユースケくん、ちょっと話があるから、先に奥に来て。牧くん、レジ宜しくね」

そういって、二人はバックヤードの休憩室に入っていった。ユースケくんが出てくるまでの時間がやけに長く感じられた。何を話しているんだろう。万引きのことだと分かってはいるけど、どんな話になっているのか、ぼくまでドキドキした。

30分後、ユースケくんが出てきた。そのまま顔も上げずに、レジの前をスーッと横切って店を出ていった。ぼくは慌てて追いかけた。追いかけなきゃいけない、そんな気がして。

「待って、ユースケくん」
「…」
足早に立ち去ろうとするユースケくんにダッシュで追いつくと、ぼくは肩をつかんだ。

「知ってるんでしょ?」
「え?」
「オレが万引きしてたってこと」
ギュッとぼくを睨みつけたユースケくんの目は、獣のようだった。知らないなんて嘘はつけない。

「なにか理由があったの?」
「理由?理由なんて何にもないっすよ。ただほしくなって取っただけです。誰も気づかないから、取ってやっただけっすよ。いいじゃないですか。どうせ余った食べ物は廃棄なんですよ。毎日山のように、食べ物捨ててるじゃないですか。オレがそのうち少しだけもらったって、誰にも迷惑かけませんよ」

「それは理由になってないよ」
ユースケくんが興奮して大きな声になっていくのに反比例して、ぼくの声は静かになった。
「そんなこと、いつものユースケくんならやらないよ」
そう言ったぼくの思いに迷いはなかった。

「ユースケくんのこと、すごく知ってるわけじゃないけど、何ヶ月もいっしょに働いてきたんだ。ぼくにだって少しは分かってる部分もあると思う。ユースケくんは、一生懸命働いてたし、いやなお客さん相手にもきちんと対応してたじゃないか」

ユースケくんの身体から少しだけ力が抜けるのを感じた。お願いだ、冷静になってくれよ。いつものユースケくんに戻って、落ち着いて話をしてよ。ぼくは心の中で念じながら、言葉を付け足した。

「高校生って、すごくピリピリする時期だと思う。自分の進路決めなきゃいけないから。ぼくもユースケくんと同じ頃、すごくしんどかった。誰でもしんどくなるよ、当たり前に」
ところが、一度は静まったかに思えたユースケくんの気持ちを、その一言が逆撫でしてしまった。

「牧さんの当たり前と、オレの当たり前は、全然ちがうんですよ!」
彼の腕をつかんでいたぼくの手を、ユースケくんは強い力で振りほどいた。

「牧さんにとっては、コンビニのバイトなんて今だけでしょ?勉強の合間に働いて小遣い稼ぐ、暇つぶしみたいなものでしょ?そんでD大出たら、どっかの一流企業にでも就職するんでしょ?オレはずーっとこんな生活が続くんですよ」
「そんなこと、分からないじゃないか」
「分かりますよ!オレは店長と同じですよ。働いて、働いて、でも絶対に金持ちにはなれない。頭も悪いし、コネもないし、夢もない。なりたいものも、やりたいことも何にもないし。そんな気持ち、牧さんには分かるわけないでしょ」

何も言い返せなかった。ぼくだって、ユースケくんとそんなにちがわない。自分が何がしたくて、どこに向かっているのか、ちっとも分からなくて途方にくれてる。そんな正直な気持ちをぶつけても、今のユースケくんの心に響く可能性は1ミリたりとも感じられなかったから。

「イライラして仕方ないっすよ。もうどうでもいい。高校卒業したって、しなくたって、もうどうでもいい。オレが万引きしたって学校にバレたら、後はもうどうとでもなれ、ですよ。母親が泣いてキーキー叫ぶでしょうけど、ざまあみろですよ」


(つづく)




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宮本松
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