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牧くんのコンビニ生活#13。(海野さんってどんな人?②)

曲がりなりにも経済学部に在籍している自負もこめて、ぼくはコンビニ経営について、ネット記事をあれこれと読みあさることにした。ネットだけでは分からないことも多く、コンビニオーナーの体験記やコンビニ問題に関わってきた弁護士の書いた本なども、大学の図書館で借りて目を通した。

「酷い、酷すぎる…」

まさか自分の身近に、これほど人が酷使されている世界があったなんて。そして自分の働くいちごマートも、その世界の一部だったなんて。こんな例えは、今も現場で働き続けている人たちに失礼かもしれないけれど、映画『マトリックス』を初めて観た時に受けた衝撃に似たものを感じずにはいられなかった。

コンビニには、本部が直接経営している直営店と、本部と契約を交わしたオーナーが経営するフランチャイズ店(加盟店)がある。フランチャイズとは、加盟した人が既に浸透した店の名前を使い、サービスや商品を取り扱う権利を手にする代わりに、対価としてロイヤリティ(チャージ)を支払う仕組みのことだ。

直営店では、本部から派遣された社員が店長を務める。大島さんの話によると、2年前に潰れかけていた前のオーナーから海野さんに店長が代替わりしたという話だったから、海野さんは恐らく本部の社員なのだろう。直営店の場合、店長が自分の考えで裁量できる余地は少なく、本部の経営方針に従って、忠実に店舗運営を行わなければならない。また加盟店に対してお手本となるよう、利益を生み出す必要もあり、店長には過大なノルマが課せられている。

スタッフ(バイト)の給料は、本部から支払われる。賞味期限の切れた商品を廃棄しても、その負担を店が負わなくてもいいので、廃棄処分に頭を悩ます必要はない。そのため直営店では多種類の商品を大量に並べることが可能で、お客さんにとっては、品揃えが豊富でありがたい店ということになる。

反対に加盟店の場合、人件費や廃棄ロスの多くをオーナーが負担しなくてはならない。そして、本部に支払い続けるロイヤリティというのが、滅茶苦茶に高い。実はコンビニ問題について調べた中で、ぼくがもっとも胸を痛めたのは、直営店ではなく加盟店の待遇についてだった。

本部は、加盟店との関係を「対等な立場で、独立性を保ちながら、共同事業に取り組む関係」であると表向きは公言している。にも関わらず、物が売れた場合の利益を、本部と加盟店とでどのように分配するのかを決める「粗利分配方式」と呼ばれる計算式が、コンビニの場合、一般会計で用いられる計算式に更に手を加えた不平等なものにすり替わっている。おかげで本部は、不法に高いロイヤリティ(チャージ)を加盟店から徴収できるのだ。

例えば、賞味期限のある弁当やおにぎりは、売れ残りというロスが必ず生じる。その廃棄分のロスを多く抱え込まなければならないのが加盟店で、本部の負担はほぼないも同然なのだ。

レジ前に並べられたから揚げや、コロッケ、肉まん、あつあつのおでん。一個の値段も高いけれど、美味しいし、人気もある。比較的よく売れる。いかにも儲かっているように見える。ところが加盟店の場合、実態はかなり異なる。商品管理に手間と時間がかかる割に、ロイヤリティ、人件費、商品ロスの負担が重くのしかかるせいで、加盟店が受け取れる収益はスズメの涙ほどしかない。

加盟店オーナーの多くは、酒屋など、その土地で長く商売をやってきた個人経営者だ。コンビニを動かすノウハウについては、素人同然からスタートする。「コンビニ経営を全く知らなくても、本部がサポートし、個人的な仕入れ交渉もせずに大手メーカーの商品を好きなだけ発注できる」それを理由に、本部は加盟店の売り上げの半分以上を受け取る権利があると契約書には明記されている。

「なぜ、そんな不利な契約をオーナーは本部と取り交わしてしまうのか?」

弁護士の書いた本を読むと「オーナーの大半は契約書を隅々までしっかりと読まないまま、契約を取り交わしている」と書かれていた。別の本には、開業当初の寝不足、長時間労働で疲労困憊のオーナーが、頭が朦朧している状態で、説明不足のまま、半ば強制的に、本部のスタッフに契約を迫られたケースもあるとのことだった。

個人的には、これが一番問題だと思うのだけれど、ユースケくんが言ったように、オーナーはうちの店長と同じように、ほぼ休みがとれない。加盟店として開業する場合、二人で専業することが基本で、多くの店は夫婦による家族経営だ。一人が店長、もう一人がマネージャーとなる。店長が自ら店に立てば、より人件費を抑えられると言われている。が、つまりは自分たちの身体を酷使して働き続けろということだ。実際、バイトやパートを増やしたいと思っても、都合よく人は集まらないし、長く続けてくれる保証もない。

そんなこんなでオーナー夫婦は24時間働きづくめになる。何年も休みをとったことのないオーナーも大勢いるらしい。冠婚葬祭にさえ出席できるかどうか、際どい場合もあるという。恐ろしいことに、ぼくはオーナーの過労死が一般の会社員に比べてかなり高いという統計データまで見つけてしまった。

「コンビニなんか、この世から消えてなくなればいい。もっと不便な世の中に戻ってしまえばいいんだ!」

ぼくは叫び出したくなった。あの人工的で、整理整頓の行き届いた、いつでも必要なものが直ぐに手に入る箱のような場所は、ブラックボックスだ。働いている人たちの生命を食い物にしている。ぼくらはそうまでして、便利さを追い求める必要があるのだろうか。誰かの健康を犠牲にすることで、ぼくらは本当に豊かな生活を送っているといえるのだろうか。

コンビニチェーンという大きな組織は、ぼくたちの日常を支えている。沢山の物を仕入れる力を持ち、さまざまな物を日本全国に届けることもできる。その末端を支えている人たちが何故、そんなつらい思いをしなくてはならないのだろう。お互いに頑張った分だけ利益を分け合う。そんな精神では、小売業を続けて行くことはできないのだろうか。

ぼくは狭い部屋でゴロンと大の字になった。はー。世の中ってこんな風に回っているのか。強い者と弱い者。利益を得る者と、ひたすら奪われる者。経済って何なんだ。お金を回すってどういうことなんだ。そのために人間らしさを失くしていくことが、現代の当たり前なのだろうか。ああ、何もかもが分からない。

頭の中に海野さんの疲れ果てた顔が浮かんでくる。頭頂部の髪の毛はうっすらと薄くなってきているし、顔色も冴えない。目の下にはクマ。こんなブラックな仕事、休みもなく延々と続けるなんて、一体何が楽しいっていうんだ。


(つづく)





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宮本松
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