ガースケのお宝。(2)
その時、ガサガサっと木のかげから物音がきこえました。猫かな?ガースケはパッとつばさをひろげて、いつでも飛び立てるよう身がまえました。
「だいじょうぶ、なんにもしやしないよ」
そういって現れたのは、黄色い帽子をかぶった男の子でした。半ズボンから細い足がのぞいています。なんだか少し寒そうです。
「きみたちの話、つい聞いちゃったんだ」
男の子は、もうしわけなさそうに帽子をぬいで、ガースケに近づいてきました。背中のランドセルが大きく見えるほどのやせっぽちで、力も弱そうです。
(なんだ、こんな子どもなら、別にこわくないや)
と、ガースケは心の中で思いました。
男の子はさらに話をつづけます。
「ぬすみぎきはダメだって、お母さんにいわれてたのにね」
「べつに気にしないよ。おいらは、きみのお母さんじゃないからね」
ガースケがそう答えると、男の子は顔をあげ、うれしそうにくくっとわらいました。
「きみ、お宝を見つけなくちゃいけないんだろ?」
「そうだね。今度こそ見つけないと、なかまたちに愛想をつかされちゃうかもしれないな」
「こまってるんだね」
「うーんと、こまってるよ」
「どうするの?」
「…どうしようもないよ」
男の子に次々と質問され、ガースケはだんだん腹が立ってきました。まるで空き地のすみっこにでも追いこまれていくような気分です。
「ぼくが助けてあげようか?」
ふいに男の子が言いました。
「きみが?おいらを?」
ガースケは、目をパチパチさせました。
「ぼく、ちょうどいいもの、もってるんだ」
男の子はズボンのポケットに手をいれて、なにかを取り出しました。
「これ、なーんだ?」
「ビー玉だ!」
ガースケは、大きな声をあげました。だってだって…。ビー玉はガースケも大好きだからです。なかまが時々持ちかえってくる、キラキラ光る丸い玉。ずっとあこがれていたんだよ、ほしくて、ほしくて、たまらなかったんだよ。
「それ、ぼくにくれるの?」
「いや、これじゃないんだ」
男の子は手のひらのビー玉をぎゅっとにぎりしめました。
「今日、同じクラスのだいき君に取りかえっこしてもらったばかりのビー玉があってね。それはくらやみで光る、とくべつなビー玉なんだよ」
「じゃあ、そいつをおいらにくれるのかい?」
「きみが取り返してくれたら、きみに一つあげる」
男の子の話によると、学校からの帰り道で、そのとくべつなビー玉を上級生たちに取られてしまったというのです。
「ぼく、ゆうきっていう名前なのに、全くゆうきがないんだ」
男の子が悲しそうにいいました。
「かえしてって言えばよかった。それなのにちょっと見せてって言われて、そのまま渡してしまったから」
男の子の大きな目から、今にもなみだがぽろんと落ちそうです。
「お願い。ぼくのビー玉を取り返して。きみは空を飛べるから、あの大きな子たちを、上から突いてさ。なんとかぼくのビー玉を、取り返してくれよ」
それを聞いて、今度はガースケの口がぽっかりと開きました。
「きみ、よくそんなお願いできるねえ。おいらがさっき、ほかのカラスたちにどれほどバカにされてたか、見てただろ?」
「じゃあ、いいのかい?このままお宝なしのまま、みんなにバカにされて」話しているうちに、か細かった男の子の声は、段々と力強くなっていきます。
「だいじょうぶだよ。きみはカラスなんだから。人間の子どもにとっては、カラスは不吉でこわい存在なんだ。地獄のエンマ大王の手下だと思われてる」
「手下ってなんだい?」
「エンマ大王の子分ってことさ。呪いがつかえるのさ」
カラスがエンマ大王の子分?そんな話、ガースケは一度も聞いたことがありません。大王ってえらいのか?地獄にいるなら、オバケのなかまなのか?ガースケが考えこんでいるのを見て、男の子はさらに強気になって話をつづけます。
「きみ一人に任せようなんて思ってないよ。ぼくだって、今度こそ勇気を出すよ。あの子たちは公園でまだ遊んでいるんだ。だから、ぼくはちゃんと返してほしいってたのむよ。でも返してくれなかったら、その時はきみが空から助けにきてほしいんだ」
男の子は、目をキラキラさせていいました。ガースケを説得しているうちに、男の子の心の中にもほんものの勇気が、ちょっとだけ湧いてきたようです。
「あんなとくべつなビー玉を持ちかえったら、きみはたちまちカラスのヒーローになるよ。なにせ暗やみの中で光りつづけるんだから」
「じゃあ、夜になっても空のお星さまみたいに、光ってるってわけかい?」
「ぼくもまだ自分の目で見たわけじゃないけどね。きみがねどこに持ちかえって、自分の目で確かめたらいいよ」
(ヒーロー…。おいらがヒーロー…)
男の子の言葉が、ガースケに勇気の魔法をかけたようです。ふたりは暗くなりかけた雑木林をぬけて、公園へといそぎました。
(つづく)