牧くんのコンビニ生活#4。(発見、いちごマート②)
「いらっしゃいませー」
コンビニのバイトなんて、大して難しくもないだろうとタカをくくっていたけど、ぼくは初日からまんまとテンパってしまった。一緒にレジに入って指導してくれたのは、大島さんだった。最初に見かけた愛想のいいオバちゃんだ。店長よりも古株で、平日の昼間はほとんどシフトに入っている。どちらかというと大島さんの方が、店長らしい貫禄がある。背は低いけど、大柄で(太っていて)、歩くたびに身体がゆさゆさ揺れる。体力もガッツもひと一倍あり、バイトを始めた子は大抵、彼女の働いている時間帯にシフトに入り、仕事を教えてもらうらしい。ちなみに、バイト募集の張り紙を書いたのも大島さんだ。字は人を現わすってその通りだと思う。
「牧くん、ここはコンビニなんだから、そんなにヘコヘコ頭下げなくっていいのよ」
ぼくがお客さんに物を渡す仕草がおかしいと、大島さんは大きな肩をゆらして笑った。おかしいな。ヘコヘコしてるつもりはないんだけど…。接客業そのものが初めてなんだから、仕方ないか(バイトは、朝の10時から14時までの4時間勤務からスタートした)。
そんなに多くのお客さんはいないはずなのに、ちょっと気を抜くとレジの前に行列が出来てしまう。ひと昔前と比べると、小さな手間が増えている。レジ袋が有料になったせいで、商品を袋詰めするかどうかの確認が必要になったから。自分で手際よく支払いも袋詰めもしていく人がいる一方で、一つずつ確認しないと、何をしたいのかよく分からないお客さんもいる。袋詰めを頼まれて、こちらがやっている間に支払いの準備をしていてくれたらいいのに、ずっとこちらの動きを見張っていて、丁寧に袋に入れたかどうかを確かめてから、ようやく財布を取り出す人もいる。
(おーい、そこまで神経質にならなくてもいいだろう)
とツッコミを入れたくなるくらいだ。
一度に複数の頼まれごとをこなすなんて、ぼくはこれまでやったことがなかった。人から急かされた経験が少ないのは、急かされていることに気づかない、ぼくの能天気な性格のせいもあるのだろう。でも世間はそんなに甘くはない。カゴ一杯に商品を入れてレジにやってきた人が、
「あと、チキンを三つに、タバコ16番を1カートン」
なんて気軽に言ったりすると、(ヒャア、やめろー。そんなに欲しいものあるなら、スーパーでも行ってくれ!)と心の中で毒を吐く。
「はーい」
大島さんがぼくの後ろで返事をして、チキンをケースから取り出し、番号を確認したタバコを上の棚から下ろしてレジに並べてくれる。ぼくは即座にレジにチキンを打ち込み、続けてタバコのバーコードを読み取る。こんなこと、たった一人でできるようになるんだろうか。もう既に心がくじけてしまいそうだ。
お昼の少し前になると、小さなトラックが弁当やらおにぎりやらを運んでくる。大島さんがスーッとレジから出て、
「じゃあ、ちょっとレジよろしく。わたし、検品と品出ししてくるから。分からないことがあったら呼んでちょうだい」
「はい」
と答えたものの「大島さーん、行かないで。そばにいてくれよ」と、心の中では泣き言がもれそうになる。もちろん実際の声にはなっていなかった、と思うけれど。もしぼくが、まだ小学生だったら、素直にそう言えたのだろうけれど(残念ながら、ぼくはすでに大学生なのだ)。ぼくは眉間にしわをよせつつ、客の対応を続けるしかなかった。
もうちょっと人がいてもいいんじゃない?店内に3人くらいスタッフがいた方がうまく回転するんじゃないの?なんて思いながらも、目の前に商品を抱えたお客さんがくると、その対応をすることだけで精一杯になる。
田舎のコンビニなんて客は少ないだろうと思っていたけど、そんなことはなかった。昼時に弁当を買いに来る人だけじゃなく、サラリーマンも、高齢者も、主婦みたいなオバさんも、なぜか昼間に小学生も、いろんな人がひっきりなしにやってくる。
「お疲れさま。もう上がりの時間だよ」
声をかけられるまで、店長が来ていたことに気づかないくらい、ぼくは仕事に熱中していた。あっという間の4時間だった。これは確かに戦場だ。
「お疲れさま。一日目にしては上出来だったよ。がんばったね〜」
大島さんもニコニコしながらこっちを見ている。ぼくは一番強めの炭酸を買って店を出ると、自転車をよろよろと漕ぎ始めた。アパートまでの道のりがやけに遠くに思える。こんなに疲れたのは久しぶりだった。
(つづく)
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