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黄色いドレス。(2)
それにしても…今年のあつさは特別です。山のふもとのこの町は、ふだんは山からすずしい風がおりてきて、夏でもひんやりとすごしやすいのです。でも今年はすこし様子がちがいました。町内のスピーカーから、熱中症に注意をしましょうと、連日のように放送がながれてきます。ヨシダさんのお店はエアコンがついていません。入り口の窓をあけ、せんぷうきを回して暑さをしのいでいます。
「ごめんください」
ある日の夕方、お店の入り口から若い女性の声がきこえました。うら庭で水まきをしていたヨシダさんは、あわててお店にもどりました。髪のながい少女が、肩からバッグをかかえて立っていました。ほっそりとした体つきで、背筋がぴんとのびた、きれいな立ちすがたをしています。
(この子の着ている緑色のワンピースは、すいぶんいい生地のようだ)
ヨシダさんは一目見て、そう思いました。
「お待たせしました。なんでしょう?」
「発表会の衣装を作りたいのです」
少女はバッグをテーブルの上におくと、中から折りたたまれた布地をとりだしました。
「こ、これは」
それはあざやか黄色の、うつくしい布地でした。手でふれてみると、しっとりとぬれたような、ビロードに似た肌触りです。
「ずいぶん高価な布地のようですね」
ヨシダさんは、ポケットからハンカチをとりだして額のあせをぬぐいました。布地をよごしてはいけないと思ったのです。
「はい、とても貴重なものです」
と、少女はこたえました。
少女は、この店のことをよく知っているような口ぶりでした。
「いつか、こちらのお店で衣装をつくっていただきたいと思っていたのです」
「ありがとうございます。ではどのような型にしあげるか、ご希望はありますか。それともなにか見本のようなものをお持ちでしょうか?」
「見本はもっておりません。ですが、あなたの娘さんの着ていたようなワンピースに仕立ててほしいのです」
ヨシダさんはおどろきました。
(なぜ娘のことまで知っているのだろう)
娘さんが好きだったのは、スカートのすそがひらひらと花びらのようにひろがるフレア型のスカートです。ヨシダさんは、引き出しから白い紙を取り出して、えんぴつでサッと型を描き、少女にそれを見せながら
「このようなかたちは、如何でしょうか?」
とたずねました。
「ええ、ええ。こんな風に作っていただきたかったのです」
少女はむねの前で両手をあわせました。気持ちの高鳴りを抑えきれないといった様子です。
それから少し落ち着きを取りもどすと、細い肩ひもでつるすタイプのそでのないかたちにしてほしいといいました。
「腕のうごきをさまたげられたくないのです」
「わかりました。では、お客さまのからだの寸法をはからせていただきましょう」
ヨシダさんは、少女を着付けの部屋に案内しました。採寸がおわり、麦わら帽子をかぶりなおした少女は、出て行く前にたずねました。
「どのくらいで、出来上がりそうですか」
「そうですね。二週間ほどかかりそうです」
「わかりました。楽しみにしています」
少女はゆっくりとおじぎをすると、空のバッグを肩にかけ、軽い足取りで店をでていきました。
久しぶりに高価な布地をつかって洋服をつくるのです。気の引きしまる思いもありましたが、それ以上にワンピースを美しく仕上げたい、そして少女に満足してもらいたいという熱い思いが、ヨシダさんの心にフツフツとわいてきました。作業用の茶色のエプロンをこしに巻きつけました。そうすると心が落ち着き、仕事に集中できるのです。
「よし、はじめるぞ」
ヨシダさんは久しぶりに、お店のおくに置いてあるミシンの前にすわりました。
カタカタ、カタカタ、
カタカタ、カタカタ
その晩はおそくまで、ミシンをふむ音がお店の中からひびいていました
(つづく)
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