草木萌動
「おかあさ――ん!みて――――!」
まだ少し舌っ足らずな甲高い声。
少し先の方で飛び跳ねながらこちらに向かって手招きをしている我が子に足元への注意を促しながら少し歩く速度を速める。
待ちきれないのか小走りで迎えに来た小さな手に引かれ、どんどん山道を進む。
履き古した娘の小さな靴は、きっと汚れるだろうという私の予想を遥かに上回り、側面に描かれていたピンクのハートは土に埋もれて見えなくなっていた。
「何があったの?」
「あのねー、もうちょっとあっちなの!」
テンションの上がっている娘から質問の答えは返ってこない。
実家に帰省し、散歩がてらやってきた家の裏山。
車のあまり通らない道路だが地元の人たちによる手入れのおかげで子供の足でも難なく歩ける。たまにすれ違う地元の人たちに手を挙げ「こんにちは!」と挨拶をする娘に皆笑顔で挨拶を返してくれる。
自分の幼少期もこんな感じだったなぁと懐かしい気持ちになった。
懐かしさに浸りながらのんびり歩いている私をじれったそうに見上げてくるつぶらな瞳。
普段都心で暮らしている娘にとってこの大自然はとても興味深いらしく、臆することなく駆け寄り、しゃがみこんでは何かに目を輝かせている。
「あ!あった!これ!」
道路脇、ほんの少し山に踏み入ったところを指さす娘に合わせるようにしゃがみこむ。
冬の間に落ちた枯葉で辺りは一面茶色になっている。昨日の晩に降った雨でまだ湿っているその地面を注意深くみると枯葉がほんの少し盛り上がっている箇所がある。そっと払いのけるとまだ小さな蕾がちょこんと顔をのぞかせた。
「これなに?」
「これはね、ふきのとうっていう植物だよ。」
「ふきのとう?」
「萌はまだ食べたことないけど、おいしいんだよ。」
「たべれるの!?」
「食べれるよ。おじいちゃんに料理してもらおうか。」
蕾へと手を伸ばす。その様子をつぶさに見つめるその横顔が愛らしく、同時にいつの間にこんなに大きくなったのだろうと驚きもした。
少し前まで私の足元で危なっかしくよたよたと歩いていたのに、今では自分の足でどんどん前に進んでいってしまう。その成長が嬉しくて、ほんのちょっぴり淋しい。
今からこんなことを思っていたら先が思いやられるなと思いつつ、手に取ったふきのとうを娘の手の平にそっと転がすと興味津々といった様子で自分の手の平を見つめていた。
「さ、帰ろっか。」
「はーい!おなかすいたねぇ。」
「そうだね、帰ったらご飯にしようか。」
「ふきのとうたべる?」
「ふきのとうは夜ご飯かな。」
「あのね、もえ、かいとくんとたべたい。」
そういう娘はちょっぴり恥ずかしそうで、こちらまでくすぐったい気持ちになった。
「じゃあ、また帰る前にかいとくんの分も探しにこようか。」
「うん!」
喜ぶ娘の頭をそっと撫でながら家路を歩く。
次の山菜取りもどうやら母娘旅になりそうだ。
雨水
草木萌動(そうもくめばえいずる)
草木が春の空気を充分に吸い、芽吹き始める頃。