UXライティングにおける「個性」と「透明性」
UIテキストにユーモアや遊び心などの情緒的な抑揚を付与することで、プロダクトに対するユーザーのエンゲージメントを高めることは、UXライティングの手法のひとつです。
例えば、こちらの事例です。
これは、Slackで未読メッセージがひとつもなかった時に表示される、いわゆるエンプティステートと呼ばれるものです。シンプルに表現すれば「未読メッセージはありません」とだけ表示すればよいところを、なんとSlackでは19パターンも用意しているそうです(ガチャを回し続けて19パターンフルコンプしました)。
SlackのUXライティングは、ユーモアや遊び心のあふれるユニークな表現で、プロダクトに息を吹き込むことに成功しています。まるで友達のような距離感の近さや親しみやすさを感じ、ブランド独自の個性を表現した非常に秀逸で完成度の高い事例だと思っています。
しかし、こうしたユーモアや遊び心、情緒的な抑揚をライティングに取り入れることが、UXライティングの本質的な目的ではありません。こうした表現はあくまで手段のひとつです。UXライティングの目的は、ユーザーが達成したいタスクをスムーズに完了できるように、言葉を中心としたコミュニケーションでユーザーの行動をサポートすることです。当然、ユーモアや遊び心を入れることが、プロダクトのユーザー体験を毀損する可能性もあります。
先日、日本語版がついに出版された『戦略的UXライティング』の著者であり、GoogleのUXライターでもあるTorrey Podmajersky氏は、あるインタビューでこのように語っています。
「UXライティングのテキストは人々の記憶から消えるべき」と明言していることからもわかる通り、Slackのような個性を打ち出した記憶に残るUXライティングとは、正反対とも言える思想でUXライティングに取り組んでいることがわかります。
このように、UXライティングにおいてプロダクトの個性をどこまで打ち出すかは、ブランドやプロダクトによって大きく方針が異なっています。
そこで、このnoteでは、UXライティングを中心としたプロダクトデザインにおいて、プロダクトの個性をどのように扱うかについて、現時点での考えを整理してみたいと思います。
「早炊き」と「白米急速」
プロダクトの個性をUXライティングで打ち出すことが顧客体験を毀損するケースとして、例えば次のような事例があります。
ナインティナインの岡村さんが、「うちの炊飯器は早炊きはできない」と思っていたら、実は機能の名称が「白米急速」になっていて、早炊きと気付かなかった、というエピソードです。
これはメーカーが機能のネーミングをする際に、プロダクトの個性を出すために「早炊き」ではなく「白米急速」を使用したために、ユーザーに正しく伝わらなかった、という状況です。
「早炊き」と「白米急速」をGoogleトレンド比較してみると、以下の通りです。
青の「早炊き」のほうが圧倒的に多く使われています。機能の名称が「白米急速」ではなく「早炊き」であれば、少なくとも岡村さんは早炊きを利用することができたかもしれません。
「白米急速」にような機能の名称は「ラベル」とも呼ばれますが、前述のTorrey Podmajersky氏は著書『戦略的UXライティング』で、ラベルについてこのように語っています。
今回の事例で言うと、「白米急速」はユーザーが理解できない曖昧な言葉であり、「早炊き」が「既に脳に刷り込まれている言葉」だったのです。
私も過去に、既存の機能や概念に対して「ブランド独自の個性を出すために、ユニークで新しい名前を考えて欲しい」と言われたことが何度もあります。しかしその度に、新しい名前をつけることがユーザー体験およびプロダクトの成長、そしてビジネスの成果創出においていかにネガティブなインパクトを与えるか、そして新しい名前を認知させるためにどれだけのコストが必要かを説明し、なるべくユーザーがすでに認知している既存の言葉で表現することを提案していました。
このように、プロダクトの言葉のデザインであるUXライティングにおいて、個性を打ち出すことはプロダクトの競争力になり得る一方、ユーザーの顧客体験を毀損する可能性もあります。そしてそれは、UIデザインやUXデザインを含むプロダクトデザインにおいても同様なのではないかと思います。
透明化するUIデザインとロゴデザイン
UXライティングやプロダクトデザインにおいてどの程度個性を打ち出すべきなのか、を考える上で、非常に参考になったのが、InstagramのUIデザインに関する考察です。
この中で、プロダクトの成長に伴い、初期はブランドの個性が強かったInstagramのUIデザインが、どんどん個性を排除し透明性の高いデザインになっていることが言及されています。
さらに、これはInstagramだけでなく、あらゆるSNSにおいてUIの透明性が高くなった結果、どのSNSも非常に近いデザインのUIになっています。
こうしたデザインが透明になっていく現象は、UIデザインだけではありません。ブランドにとって個性の象徴であるはずのロゴも、類似性の高いデザインに収束しつつあります。
さらに、ロゴデザインの同質化は、スタートアップやテック企業だけでなく、ラグジュアリーブランドでも同様の現象が起こっています。
ラグジュアリーブランドというブランドの個性が最も重要視されるような領域でも、ロゴにおいてはデザインの透明性が高くなっているのです。
以上のことから、プロダクトデザインにおいて「個性」と「透明性」のバランスを考えることは、プロダクトをスケールさせる上で非常に重要な要素であると考えられます。
気付かれないデザインこそデザイン
デザインの透明性について考える上で参考になるのが、「ロッテ キシリトールガム」や「明治おいしい牛乳」のパッケージデザインのほか、NHK Eテレ「デザインあ」の総合指導も手掛けたグラフィックデザイナーである佐藤 卓さんの「デザインの捉え方」です。デザインについてあるインタビューで次のように語っています。
「うまく機能していると気付かれない」というのは、まさにUXライティングにおいても同様です。UIテキストに違和感を感じるということは、そのUIテキストがうまく機能していない証であり、スムーズなユーザー体験を邪魔する存在になっています。
要領を得ない説明や誤字・脱字、間違った日本語、長過ぎるテキストなどが「ユーザー体験を邪魔をする存在」に含まれますが、場合によっては遊び心やユーモアもここに含まれる可能性があるのです。
また、佐藤 卓さんは次のようにも語っています。
これもUXライティングも同様で、そこにテキストがあることすら気付かれないような「消えるUIテキスト」こそが、優れたUXライティングと言えます。
透明性が重視されるAppleとGoogleのUXライティング
UXライティングの領域においては、前述の通りGoogleのUXライターが「UIテキストは記憶から消えるべき」と語っているほか、AppleのUXライターも同様のことを語っています。
先日行われたAppleの開発者向けイベント「WWDC22」で、AppleのUXライターが登壇してインターフェースのライティングについて解説するセッションがありました。
その中で、AppleのUXライターは次のように語っています。
ユーモアや慣用句を使わず、シンプルで平易な言葉を使うべきである、と語っていて、UXライティングにおいて透明性を重視していることがわかります。
AppleとGoogleが、どちらも記憶に残らないシンプルなUXライティングを重視しているのは、なぜか。それは、どちらもユーザー数が圧倒的に多いからです。
AppleのiPhone(iOS)とGoogleのAndroidは、日本国内においても最もユーザー数の多いプロダクトと言えます。そのようなユーザー数が多いプロダクトにおいては、あらゆる人に違和感なく受け入れられる、誰も排除しないシンプルで透明性の高いコミュニケーションが求められるのです。
さらに、私たちが生み出すデジタルプロダクトのほとんどは、AppleもしくはGoogleのプラットフォームの上で機能するものなので、AppleおよびGoogleのUXライティングについてしっかりと理解する必要があります。私たちにとってはプラットフォームとプロダクトは別物ですが、ユーザーにとってはプラットフォームとプロダクトは一続きの体験になるのです。
プロダクトの成熟度と市場規模
これまでいくつかの事例や考察を交えて、UXライティングを中心としたプロダクトデザインにおける「個性」と「透明性」について考えてきましたが、次の2つの軸で整理できるのではないかと考えました。
プロダクトの成熟度
プロダクトの市場規模
まずひとつめは、プロダクトの成熟度です。
InstagramのUIデザインの事例からわかる通り、プロダクト立ち上げ期はユーザー数も少なく個性的なデザインが許容されるが、成熟するにつれユーザー数も増え、透明性の高いデザインが求められます。
ただ、Slackのようにある程度成熟したプロダクトでも、個性を強く訴求しているものもあります。そこで考えたもう一つの軸が、プロダクトの市場規模です。
Slackはエンジニアを中心としたビジネスパーソンがメインのユーザーで、その市場規模は前述のiOSやandroidに比べるとかなり小さくなります。一方、例えば競合のTeamsは、Microsoftという大規模なプラットフォームの一部ということもあり、透明性の高いデザインのプロダクトです。ユーザー数もSlackは1,000万人(2019年時点)、Teamsは 2 億 7,000 万人(2022年3月時点)で、市場規模が大きく異なることがわかります。
以上のことを、簡易的に図にまとめたものが下記です。
市場規模が大きく成熟している:透明性(例:iPhone、Android)
市場規模が小さく成熟している:個性(例:Slack)
市場規模が大きく未成熟:透明性(例:立ち上げ期のTeams)
市場規模が小さく未成熟:個性(例:立ち上げ期のInstagram)
もちろんすべてがこの図に当てはまるわけではないですが、UXライティングやプロダクトデザインにおける個性と透明性のバランスを考える一つの指標になるのではないかと思います。
「個性」は攻撃力、「透明性」は防御力
最後にまたこの話かと思われた方は大変申し訳ないのですが、私がUXライティングを考える上で大きな指針となっているものの一つが、ジャンプの漫画学校の記事です。
「センスや運に頼るのが攻撃力。意識すると必ず身につくのが防御力」と書かれているのですが、まさにユーモアや遊び心などの個性を打ち出すことが「攻撃力」で、透明性を高めて「消えるUIテキスト」を見つけることが「防御力」なのではないかと思います。
プロダクトのフェーズや置かれている状況をしっかりと考えた上で、「個性」と「透明性」のバランスを最適化し、よりよいユーザー体験を実現できるようにしていきたいと思います。
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