【10,000字で解説】UXライティングにおけるボイスアンドトーンのデザイン
ボイスアンドトーンとは
UXライティングの役割において、最も重要なことのひとつがボイスアンドトーンの設計です。
Appleがアプリ開発者向けに公開しているドキュメント「Human Interface Guidelines」でも、ボイスアンドトーンについて次のように書かれています。
スマートフォンアプリのほとんどがiOSで公開されていることを考えると、ボイスアンドトーンはすべてのアプリ開発者が考えるべきものであると言えます。
ボイスアンドトーンの役割は、ブランドの人格にフィットしたプロダクトの「声(ボイス)」と「トーン」を定義することで、プロダクトの体験全体で使われる言葉遣いを一貫させることです。ボイスアンドトーンを設計することで、ユーザーとのコミュニケーションを円滑にし、プロダクトに対するエンゲージメントを高めることができます。
また、私のように組織やチームにUXライターがいる場合は、コンテンツに責任を持ち、管理する人間が明確です。しかし、現状多くの場合は、UXライターであるかどうかに関わらず、プロダクトやサービスを担当するメンバーが、それぞれのチームでUIのテキストなどのライティングを行うことが多いと思います。その場合にも、ボイスアンドトーンを明確に定義して組織で共有することで、プロダクト全体において一貫性のある言葉遣いでライティングを行うことができます。
ボイスとトーンの違い
ボイスアンドトーンを考える上で、まずは、ボイスとトーンの違いを理解する必要があります。それぞれは次のように定義できます。
ボイス
ボイスは、人間の声に当たるものです。人間の声は、一般的には変わらない固有のもので、その人の個性を強く表現するものです。それはプロダクトにおいても同様で、どんな状況でも不変でなければなりません。あなたが友達の結婚をお祝いするときも、会社の上司にミスを報告するときも、あなたの声そのものは変わらないはずです。しかし当然、あなたと友達と会社の上司は、それぞれ声が異なります。プロダクトにおいても、それぞれのブランドの人格にあわせた固有の声を定義する必要があるのです。
そして、誰かの声について「あの人の声が好き」と言うことがあるように、プロダクトにおいても、ユーザーに愛されるための要素として非常に重要なものなのです。
トーン
一方、トーンはユーザーに伝える内容や状況や相手によって異なります。あなたが友達の結婚をお祝いするときと、会社の上司にミスを報告するときとでは、声のトーンが変わると思います。同様に、プロダクトにおいても、新規会員登録をしてくれた時と、ネットワークのエラーを伝える時、そして何かしらのインシデントによりお詫びをする時(これはなるべく避けたいのですが…)では、声のトーンが変わるのです。
少し話は変わりますが、作文や読書感想文を書く際に、「ですます調」か「だである調」で揃えましょう、というアドバイスを先生などからもらったことがある方も多いと思います。これも、「文章の人格を定義している」と考えると、広い意味でのボイスアンドトーンと言えます。「ですます調」だと丁寧で優しく親しみやすい印象を受け、「だである調」だと断定的で力強く、少し近寄り難い雰囲気が出ます。
そして私が今まさに書いているこの文章も、「ですます調」にすることで、少しでも身近に感じられて、わかりやすいと思ってもらえるような書き方を心がけています。
プロダクトに命を吹き込む:Slackのボイスアンドトーン
テック企業の中でもUXライティングに非常に力を入れている企業として知られているのが、Slackです。ボイスアンドトーンにおいても、ブランドの独自性が強く表現されています。その象徴的とも言える事例が、App StoreやGoogle Play ストアに表示されるリリースノートです。
リリースノートはあくまでアプリのアップデート情報をユーザーに伝えるためのものです。そのため、一般的にはUIの改善や仕様の変更、バグの修正など、機能的な情報のみをシンプルなテキストで伝えることになります。しかし、Slackのリリースノートは次のようなものです。
この内容をシンプルな言葉で伝えると、「今回は特に大きなアップデートはありません」の一文で終わると思います。しかしSlackは、そこにユーモアや遊び心を取り入れるだけでなく、暑い夏を過ごすユーザーへの思いやりの気持ちを、詩的な表現で情緒豊かに伝えています。ひとつの文学と言ってもいいかもしれません。これこそがまさに、Slackのボイスアンドトーンにおける「ボイス」の部分が、象徴的に表現されている事例だと思います。そしてこうしたUXライティングの役割を、SlackのUXライターは「プロダクトに命を吹き込むこと」と表現していました。
一方、前述のとおり、ボイスアンドトーンの「トーン」の部分は、状況に合わせて変化するものです。例えばSlackの新規登録画面はこのようになっています。
こちらの画面では、情緒的な表現やユーモアを取り入れず、非常にシンプルなテキストになっています。この画面の目的は、新しいユーザーにメールアドレスを入力して、アカウントを作成してもらうことなので、その目的の達成をサポートするために必要な最低限のテキストだけで構成されているのです。
このように、一貫したボイスを維持しながら、状況に合わせてトーンをコントロールしていることがわかります。こうしたことができるのは、なぜか。それは、ボイスアンドトーンが徹底的に考え抜かれているからです。
Slackではメディアキットのページで、ブランドガイドラインが公開されています。
その中で、ボイスアンドトーンについて、3ページにわたり詳細に定義されています。
こうしてボイスアンドトーンを緻密に定義することで、ブランド独自の表現をUXライティングで実現することが可能になっているのです。
ユーモアを取り入れたり詩的な表現をすることがボイスアンドトーンではない
UXライティングではSlackのユニークな表現がピックアップされることが多いですが、決してユーモアや遊び心を取り入れることがボイスアンドトーンの役割ではありません。それは手段のひとつです。ボイスアンドトーンの本質な役割は、ブランドの人格にフィットした表現を定義することです。
例えば、金融機関など信頼性が求められるプロダクトにおいて、過度にカジュアルな表現やジョークなどを取り入れると、信頼性を大きく毀損することになります。一方、ゲームなど楽しさが求められるプロダクトにおいて、遊び心のない堅苦しい言葉遣いをすると、退屈な印象になり、非日常を感じさせるような世界観は一瞬にして失われてしまいます。
アプリもパートナーのひとり:スターバックスのボイスアンドトーン
ブランドの世界観をアプリのボイスアンドトーンでも再現しているのが、スターバックスアプリの事例です。
スターバックスアプリは、朝開くと「おはようございます」とあいさつが表示され、気持ちよく朝を迎えることができます。特にコーヒーという商品を扱うスターバックスにとって、「朝」という時間は特別で、大切に扱われるべきものです。そうした時間に、あいさつという人間にとって非常に重要な言葉をアプリでも伝えることで、プロダクトに命が吹き込まれ、まるでスターバックスの実店舗で接客されているように感じることができるのです。
また、スターバックスでは、従業員のことを「パートナー」と呼ぶと定義されています。これも、広い意味ではUXライティングにおけるボイスアンドトーンと言えます。スターバックスというブランドの人格において、「従業員」という従属関係を意味する言葉はフィットしないので、対等な関係を表す「パートナー」を使用しているのです。
そして、アプリにおいても店舗と同様に挨拶をすることで、まるでアプリもパートナーのひとりであるかのように感じられるのです。
ブランドに対する理解が未熟な日本企業
このように、優れたボイスアンドトーンを実現するには、まずは自分の会社やプロダクトの「ブランド」について深く理解する必要があります。しかし、自社のブランドを深く理解することは、容易ではありません。ボイスアンドトーンの設計が一朝一夕でできるものではなく、さらに日本の企業で難しいとされる理由がここにあります。そもそも日本の企業は、ブランドに対する理解が未熟であると言われているからです。
例えば、ニューバランス ジャパン マーケティング部長の鈴木健氏は、「これからの日本市場・グローバル市場に向けた、日本企業のブランドやブランディングはどうあるべきか」というセミナーにおいて、次のように語っています。
UXライティングやボイスアンドトーンも私たち日本人にとっては米国から輸入された考え方であるため、同様のことが言えるのかもしれません。
また、中央大学大学院戦略経営研究科教授の田中洋氏は、同セミナーにおいて次のように語っています。
このように、多くの日本企業では、ブランドがしっかりと確立されていないにもかかわらず、ブランドと密接に関係するUXライティングのボイスアンドトーンについて考えなければならない、という非常に困難な課題に立ち向かうことになります。
ブランド・アーキタイプ戦略
こうした状況のなかで、ブランドについて考えるアプローチのひとつに、「ブランド・アーキタイプ戦略」というものがあります。
ブランド・アーキタイプ戦略とは、心理学者カール・ユングの「アーキタイプ(元型)」理論と、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの「ヒーローズ・ジャーニー(英雄の旅)」理論をベースにしたフレームワークで、『ブランド・アーキタイプ戦略』で詳細に解説されています。
ブランド・アーキタイプ戦略では、ブランドを次の12のアーキタイプに分類します。
幼子 The Innocent
探検家 The Explorer
賢者 The Sage
英雄 The Hero
無法者 The Outlaw
魔術師 The Magician
ありふれた男女 The Regular Guy/Gal
恋人 The Lover
道化師 The Jester
援助者 The Caregiver
創造者 The Creator
統治者 The Ruler
12のアーキタイプには、それぞれの性質が定義されています。
アーキタイプ「探検家」の例:スターバックス
前述のスターバックスは「探検家型ブランドの傑作」として探検家の代表例として挙げられています。探検家では下記のとおりです。
以上のような性質やキーワードは、スターバックスの行動指針である「Our Mission and Values」によくフィットしていることがわかります。
アーキタイプ「ありふれた男女」の例:ユニクロ
「ありふれた男女」のアーキタイプの場合は、下記のようなものになっています。
こちらのアーキタイプは探検家とは打って変わって、非常に保守的な内容になっています。そして、日本人の国民性に非常に合致している印象を受けると思います。「最大の恐怖」の項目にある「目立つ、気取っているように見られる、その結果として追放または拒絶される」というのは、まさに日本人の多くが嫌うところです。実際、日本で人気のあるブランドは「ありふれた男女」に分類されることが多く、代表的なものはユニクロです。
例えば、物価の高騰による値上げにあわせて、フリースの高い品質と低価格を訴求する「ユニクロのフリースが2990円になる理由。」というコピーでは、「高価格ブランドとの前向きな差別化」という戦略がそのまま当てはまります。
アーキタイプをボイスアンドトーン設計に活用
上記の2つの例のように、『ブランド・アーキタイプ戦略』では、アーキタイプ別の性質や戦略が、12パターンすべてのアーキタイプにおいて解説されています。こうしたアーキタイプは、「ブランドがどのような人格を持つか」を考える上で、非常に参考になります。
そして、ブランドにフィットしたアーキタイプを見つけることができれば、ボイスアンドトーンの設計のベースとして活用することができるのです。
ボイスアンドトーンを考える3つのヒント
最後に、ブランドの人格にフィットしたボイスアンドトーンを考える際に役立つ、3つヒントをご紹介します。
①擬人化して人格をつくる
ボイスアンドトーンを考える上で、最も一般的な手法のひとつが、プロダクトの擬人化です。
プロダクトがもし人間だったら、何歳で、どんな性格で、どこで生まれて、どんな仕事をしていて、何が好きで、どんな音楽を聴いて、何を食べて、どんな生活をして、どんな価値観で、何を大切にしているか、など、まるでその人物が実在し、生活している様子がイメージできるような要素をひとつでも多く考えます。そうすることで、プロダクトを擬人化した「●●さん」が、どんな声を発して、どんなトーンで話すのか、を具体的にイメージできるようになります。さらに、イラストなどのビジュアルでも人格を定義すると、よりわかりやすく共有できるようになります。
この手法を実際に行っているプロダクトがnoteです。『サービス設計の指針は「noteさん」の人格。MAU1,000万突破・noteのブランディング術』や『“noteさん”ってどんな人?人格イメージをすり合わせるためのワークショップをしました』という記事において、その過程が詳しく解説されています。プロダクトを「noteさん」という人物に擬人化することで、「noteらしさとは何か」を深く追求しています。
そして、それがプロダクトの言葉遣いであるボイスアンドトーンを判断基準になっています。
さらに、このnoteの事例を参考に、マネーフォワードでも「おかねせんせい」「MEさん」という人格をつくっています。
このように、プロダクトを擬人化して「○○さん」という人格をつくることで、「どんな声で、どんなトーンで話すのか」というボイスアンドトーンを具体的にイメージしやすくなるのです。
②実在の人物の人格を活用する
プロダクトのボイスアンドトーンを設計する上で、実在の人物の人格を活用するのも、ひとつの手法です。
例えば、「北欧、暮らしの道具店」のアプリでは、アプリをダウンロードすると、店長の佐藤さんからの挨拶が表示されます。
こうすることで、アプリ内のボイスアンドトーンは、「佐藤さんが発する言葉、言葉遣いとして、違和感がないか」という判断基準で、UIテキストを書くことが可能になります。
さらに、実際にプロダクトに関わっている人物がユーザーに伝わることは、プロダクトのへの愛着やエンゲージメントを高める上で、非常に有効な方法です。よくスーパーなどで「私がつくりました」というラベルとともに、農家の方の写真が載っている「顔の見える野菜」が売っていたりしますが、同様に、「顔の見えるプロダクト」も、ユーザーにとって非常に身近で親しみやすい存在となるのです。
無機質になりがちなデジタルプロダクトだからこそ、その裏側にある人間らしさや、アナログでエモーショナルな人のぬくもりが感じられると、より愛されるプロダクトになるのです。
③キャラクターの人格を活用する
最後に紹介するのは、キャラクターの人格を活用する手法です。
フードデリバリーアプリのWoltは、トナカイのキャラクター「ユーホ」の人格を活用して、ボイスアンドトーンが定義されています。
例えば、新規登録した際に最初にくるメールがこちらです。
トナカイのキャラクター「ユーホ」の自己紹介から始まり、ユーホがお得な情報や素敵なお知らせを届けることを伝えています。また、下記のように、ユーホの詳しい紹介もメールには記載されています。
ブランドにキャラクターが存在する場合は、そのキャラクターにあった言葉選び、言葉遣いをすることで、一貫したボイスアンドトーンを提供することが可能になります。
フードデリバリーはUber Eatsや出前館など、2022年現在で最も競争が過激化している業種のひとつであると言えます。そした激しい競争の中で、キャラクターを活用してユーザーとのエンゲージメントをより深いものにする手法は、大きな差別化のひとつになっているのではないかと思います。
コンテンツタイプ別のトーン設計
上記のヒントは主に「ボイス」の部分に大きく影響するものですが、「トーン」を設計する際には、コンテンツタイプ別に感情をまとめた「コンテンツマッピング」が非常に役立ちます。
UXライティングを学ぶ一冊としてもおすすめの『伝わるWebライティング』において、コンテンツマッピングが下記のようにまとめられています。
このコンテンツマッピングを参考にすることで、どのようなコンテンツで、ユーザーがどのような感情になり、どんなトーンでテキストを書けばよいのかをイメージすることができます。
こうしたトーンは、業種やサービス内容に関わらず、あらゆるプロダクトにおいて、基本的には大きく変わることはありません。そのため、ひとつのプロダクトで経験しておくと、他のサービスやプロダクトでも、同様に行うことができるのです。
ボイスアンドトーンをデザインより愛されるプロダクトに
以上が、私がボイスアンドトーンについてまとめたものになります。
ボイスアンドトーンのデザインは非常に難易度の高い作業のひとつですが、その分、プロダクトの成長において大きな役割を果たすものです。
今回の内容が、皆さんが担当するプロダクトをよりユーザーに愛されるものにする上で、お役に立つと幸いです。
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