めったに見られないデザイナー達の言葉
言葉にできないものをビジュアルで表現しているのですが、言葉で作品(=考え方)を説明するということも非常に大切です。
ー佐藤可士和(アートディレクター)
これは、『佐藤可士和の超整理術』で佐藤可士和さんがデザインを言語化することの重要性について語った一節だ。広告会社でコピーライターをしていたわたしは、デザイナーたちがどのように言葉と向き合っているかに強い関心を持っていた。佐藤可士和さんは、わたしが知る中で、最もデザインの言語化を意識的に実践している人のひとりだ。
2020年2月6日、わたしは『㊙展 めったに見られないデザイナー達の原画』を訪れた。UXライターとして、言葉でプロダクトに命を吹き込む仕事をしているわたしが、この企画展でいちばん知りたかったこと。それは、デザイナーたちがどんな言葉とともに生きているのか、ということだった。
会場である21_21 DESIGN SIGHTに入って、最初に出会ったもの。
原画展示の見方のガイドだ。普段あまりデザインに親しみがない人たちにも、この企画展を楽しんでもらうための施策として、とても優れた体験の設計だと感じた。ガイドは、次の6つの見方で構成されている。
1.分野ごとの方法の違いを見る
2.デザイナーごとの方法の違いを見る
3.筆記用具や道具を見る
4.デザインの質の変化を見る
5.デザイナーの考え方を知る
6.原画を観察してスケッチしてみる
どれもすごく好奇心が喚起される見方だなと思ったのだけれど、わたしはここに勝手に「7.」を追加して、企画展を見ることにした。
7.デザイナーの言葉に触れる
この企画展は、あくまでデザインの原画展だ。訪れる前はどこまでデザイナーたちの言葉に触れられるか、少し不安でもあった。しかし、その不安は杞憂に終わった。「言葉」というアングルで切り取ってみても、この企画展は多くの学びがあるものだったのだ。
この記事では、膨大な展示の中で、デザイナーたちと言葉との関りについて、わたしの記憶に残ったものを記録したいと思う。
松永真の日記帳
松永真さんの展示物のひとつ、日記帳。1990年から2007年まで、日記帳の実物がずらっと並べられていた。「ツインズダイアリー」と名付けられたその日記帳は、松永真さんがご自分でデザインされたものだそうだ。
唯一、見開きで展示されていたページ。
スケジュール、天気、食べた物などの所謂日記然としたものから、その日見たであろう建造物のデザイン構造まで、細かく記録されている。貼ってあるのは拾った落ち葉だろうか。
今回の企画展のディレクターである田川欣哉さんの著書『イノベーション・スキルセット』に、「センスはジャッジの連続から生まれる」という言葉がある。自分がジャッジしたデザインについて日記帳に記録することは、デザインセンスを磨くことにも繋がっていたのではないだろうか。
原研哉の概念図
原デザイン研究所構想時の概念図。「混迷するデザインの諸相」として、マーケティングやライフスタイルを含めた、当時のデザインを取り巻く環境が図解されている。
HARA DESIGN INSTITUTE
【発想のバックグラウンド】
●生活者の視点からマーケティング・デザインをとらえ直す。
●デザイン領域全体を横断的にながめることのできる視野と知識を持つ。
●既存のデザイニングプロセスの積極的な解体と組みかえ。
●デザイン領域間の積極的な相互干渉による新しいクオリティの創出を考える。
発想のバックグラウンドとして4つの項目が記載されているが、これはそのまま、あらゆるデザイナーのミッションやデザイン哲学として、生き方の指針になるものではないかと思った。
(原研哉展示物内に突如現れた全裸女性のペーパーウェイト)
佐藤卓のほぼ日手帳
佐藤卓さんのほぼ日手帳の実物。わたしも一時期ほぼ日手帳を使っていた時期があったので、少し身近に感じられたが、その使い方は当然ながらまるで違うものだった。
「NHK デザイン番組」「使うデザイン・見るデザイン・知るデザイン」「デザインの窓」「デザインメガネ」「デザイナーとあそぼ」「デザインの名言」などの言葉が並ぶ。「デザインあ」構想時のものだろうか。
そのままグラフィックデザインとして展示できるような、圧倒的に美しいスケジュール。『仕事選びのアートとサイエンス』で読んだ、東京藝大教授の佐藤雅彦さんが、電通時代につくっていた見積もり書が大変美しかった、というエピソードを思い出した。そしてTo doリストをちゃんと使っていることに妙な親近感を覚える。
(たまたまわたしの誕生日の日のページが公開されていてうれしかったのは内緒)
隈研吾のA4用紙
デザイナーの言葉に触れる、という意味で、最も膨大な量の言葉が展示されていたのが隈研吾さんの展示だった。文字が書かれたコピー用紙の裏紙のようなもので、ガラスケースが埋め尽くされていたのだ。
模型の下にも言葉の海が広がっていた。
言葉の量は膨大だったのだけど、そのほとんどが殴り書きのようなもので、全く読み取ることができなかった。そのことから、少なくともこれは、誰かに言葉で伝えることを目的としたものではないのではないかと思った。隈研吾さん自身もあとから読んで理解できるのだろうか?と思うほどのものだったのだが、もしそうであるならば、読み返すことを想定せず、その時その瞬間の自分の考えを整理するために書かれた言葉なのかもしれない(でも原稿の赤字のようなものもあるのでやっぱり違うのかもしれない)。
鈴木康広のノート
今回の企画展で、わたしが最も心を動かされたのが、アーティストである鈴木康広さんの言葉だった。
アイスは 食べている間に 溶けてくる
この言葉を見た時、わたしは思わず口に出して読んでしまった(小声で)。デザイナーたちの言葉を口に出して読んでみるのも、この企画展のひとつの楽しみ方なのかもしれない(あくまで小声で)。
右脳と左脳の 間を流れる川
独特だったのは、これらのノートの使い方である。およそ300冊のノートをリアルタイムに使用し、たまたま開いたページに書き込むそうだ。
ノートは時制を超えて記憶をめくるための道具。
田川欣哉のコンセプト資料
(画像が暗くてすみません)
企画展の最後に展示されていたのが、田川欣哉さんのマル秘展のコンセプト資料だった。わたしが関心を持ったのは、コンセプト資料の最初が「INSPIRATIONS」という言葉ではじまっていることだった。まるで企画展のタイトルのような位置づけだ。しかし、最後の資料では、「マル秘展」となっている。一体どの段階で企画展の名前が決まったのだろうか?
その答えは、田川欣哉さんのnoteにあった。
ちなみに展覧会のタイトルは、かなり後半まで「INSPIRATIONS」でいきたいと思っていたのですが、デザインコミッティーのメンバーから「ちょっと分かりにくい・覚えられない・読めない・長い」という指摘もあって、では、思いっきり短い名前(文字数の少ない名前)にしてみようと、普段の私では考えないようなアプローチで考えてみました。㊙という漢字?は一文字ですが「マル秘」と3文字の音です。これはリーズナブルと思って、この名前にしてみました。(ハッシュタグで㊙という漢字が使えないのはご愛嬌)
わたしは今回の展示会の企画において、最も優れたクリエイティブのひとつが「マル秘展」というタイトルだと思う。「ちょっと分かりにくい・覚えられない・読めない・長い」という指摘が入って変更することになったとのことだが、「わかりやすく・短く・覚えやすい」というのはネーミングにおいて圧倒的に強い。しかも語感がいい。わたし自身が会話の中で「マル秘展に行きたい」と口に出したことがあるのだが、マル秘展という言葉には何度も言いたくなるような気持ちよさがあるのだ。もしタイトルが「INSPIRATIONS」だったらきっと「INSPIRATIONSに行きたい」とは言ってなかっただろうし、言霊のようなものを信じるタイプなので、そこで言ってなかったら究極的には展示会に足を運ぶこともなかったかもしれない。きっとひとりひとりが口に出すことで言葉が流通し、多くの人が集まる展示会になっているのだと思う。
齋藤孝さんは著書『日本人は何を考えてきたのか』において、日本人の音に対する感覚の例として「ま行」を挙げている。
「まみむめも」という「ま行」の音には丸みを帯びたやわらかさを感じます。
マル秘展も、「ま」の音から始まることで、その名の通り丸みを帯びたやわらかい印象を受ける。冒頭の見方ガイドの話とも繋がるのだけど、デザインを身近なものとしてとらえ、ハードルを下げる意味でも、このタイトルは本当に素晴らしいと思うのだ。
おわりに
企画展の最後の展示である田川欣哉さんのコンセプト資料には、こんなキャプションがつけられていた。
「Inspiration」というキーワードを出発点にした。
この一文を見た瞬間、わたしは壮大なフラグを回収した後のような、圧倒的なカタルシスを感じた。この企画展そのものが、たったひとつの言葉からはじまっていたからだ。マル秘展で言葉に纏わる展示を行うデザイナーは決して多くなかったが、それでもこの記事で紹介しきれないほどの、たくさんの言葉たちに出会うことができた。
デザインと言葉は背中合わせ。マル秘展はそのことを改めて体感できる、素晴らしい企画展だった。これからも、優れたデザイナーたちが紡ぐ言葉のような、洗練された美しい言葉に触れることで、自分のセンスを磨いていきたい。
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