不倫と正義
おはようございます。
昨日はパパday。
家から車で5分くらいの海岸で、
私、歯医者、博士、子ども2人、博士の後輩(20代半ば女子)で遊びました。
ピクニックに憧れのあるむぎ。
朝から張り切って6人用のお弁当を作りました。(普段は絶対やりません。保育園のお弁当日だって、博士にお願いしていますw)
休日のお出かけの時は、大抵外食か、コンビニごはんが多いので飽きてしまったことと、
ちゃんとごはん食べたいという欲求と、
妻らしいこと(誰の妻でもないですが)、母親らしいことをしたかった、
お弁当を作った理由は色々あるけれど、つまりは歯医者に良いところを見せたかったというところが大きな理由w(不純かな?)
歯医者も博士の後輩ちゃんも、思い思いに持ち寄ってくれて、豊かなランチになりました。
歯医者は写真が好きで(主に人を撮るのが)、
『お、なんかいい感じだな』と、私と博士と子ども達がレジャーシートに座っている様子を撮ったり、
博士と後輩ちゃん、子ども2人の様子を撮ったりしていた。
歯医者『ここも家族みたいだなw』
博士『たぶん、どこを切り取っても家族に見えますよw』
男女が2組いれば、そこには4パターンのカップルが存在することになるわけで(お互いヘテロセクシャルの前提で)
1対1の、つまり現在では一般的に言われる家族(核家族)の集まりは、大きな家族になるのかな?
この場にいる大人4人+子どもも、事情を知らない側から見れば一回り大きな家族に見えるんだろうな。
(↑砂地でキャリー運ぶのは大変。歯医者と博士と子ども達、男4人が力を合わせて運んでます。ほっこりする光景。)
家族ってなんでしょうね。
とにかく、子どもといる時は多くの大人がいた方がお互い楽、ということははっきりしている(笑)
昨日の報告はこれくらいにして、タイトル『不倫と正義』。新潮新書から2022/4/20に発行された本です。
中野信子さんと三浦瑠璃さんが対談形式で不倫について深掘ってます。
数ヶ月前から気になっていて、やっと発売。
即効、博士にお願いしましたw
第一部の『不倫とバッシング』の中に「愛の終わりへの恐怖」という項があって、
その一文から、私が今まさに自分に問い続けている問題があるなと。答えはいくら探してもないかもしれないが。今後の人生の中で、これかなぁというのを見つけていくのかな。
もしかしたら人生が閉じる時になんとなくわかるのかもしれない。
だけど、確信を持って言えることは一つだけ。
一生かけて問い続ける。
ない答えを探し続けると思う。
できれば、死ぬ前には自分を納得させられる答えを見つけたいなぁ。
愛が終わらないという保証はないわけです。それなのに、私たちはなぜ、率先して「結婚」という束縛される枠組みを選択しようとするのかということについては、よく考えなければならないですよね。生活安全保障や子育て、同志的関係を維持することが目的なんだとしたら、性愛は別の自由意志として切り離せばいいのに、なかなかそうはならない。
みなさんは、これを読んでどう考えますか?
結婚ってなんでしょうね。
私も一度、その枠にはまってみましたが、とても窮屈でした。だけど枠から外れてみたらとても不安になりました。
あと。これは変わらない事実だと思うけど、
『結婚』は制度であり、私たちが作りあげてきたものではなく、国が作ったものです。
では、1週間頑張りましょ!