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【第5回】『ランビエの絞輪』〈管理栄養士・宇田川 舞が解く栄養ミステリー〉


第5回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 5

 車が見えなくなるまで見送っていると、背後から声がした。

 舞が振り向くと、解剖医の荒垣あらがき壮太そうたが立っている。

「お早いご出勤で。本当は、九時出勤だろ?」

 半ば呆れたような様子で、舞を見詰めている。荒垣は、いつもボサボサ髪にジーンズというラフな服装だ。でも、切れ長の整った顔立ちをしている。三十八歳になるが、女っけはなく、研究一筋という噂だ。荒垣は、舞が覆面パトカーから降りる光景を見ていただろうか? 研究に関係ないことは、詮索してくるタイプではない。

 舞は、思い直すと、荒垣の目を真っすぐ見た。

「朝早く来ないと、入院患者の食べ残しチェックができないのです」

「大学院の課題か?」

「そんなところです。では、急ぐので!」

 舞はセキュリティ・カードを翳して病棟に入ると、足早に調理室へ向った。

 人の思考回路や健康状態は、日々の糧で成り立っている。これは大学の栄養学科で学んでいる時に、舞が学んだ教訓である。事実、加工食品ばかり食べている者は身体が低血糖状態になり、精神状態が不安定になってくる。だから、人は悲しんだり、怒ったり、やがて犯罪を起こすのだろうか?

 舞は今朝の白い女が、日頃どんなものを食べ、犯罪を起こすほど神経が昂ったのかを考えていた。薬の副作用も、しかり。

 朝八時半までに、舞は入院患者の朝食が終わった後、各トレイの残り物をチェックして記録している。ネーム・プレートがなくなっている場合もあるが、ほとんどの患者が、そのままだ。食後のトレイには、患者が飲み終わった薬のPTP包装シートが残っているので、薬品名も記録していた。

 患者の食事献立だけではなく、食べ残しの記録も、舞の研究材料の一つとなっていた。今朝は、いつもの日課に加え、白い女の食行動も気になっている。管理栄養士として培った知識を総動員させながら、白い女の正体に想像を巡らせた。

(第一章につづく)

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マガジン「ミステリー小説『ランビエの絞輪』」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!

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