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【第2回】『ランビエの絞輪』〈管理栄養士・宇田川 舞が解く栄養ミステリー〉


第2回『ランビエの絞輪』序章 薄絹が翻る 2

 舞は手袋を填めたままの状態で、男の手首に触れた。だが、脈は止まっていた。

 立ち上がるとスマホを通話画面に切り替え、「110」をタップする。ワン・コールで女性の声が聴こえてきた。

「警察です。事件ですか? 事故ですか?」

「殺人事件を目撃しました」

「怪我をしている人は、いますか?」

「浮浪者の男性が、首の後ろをナイフで刺されています」

「犯人の特徴は、わかりますか?」

「白い寝間着姿の若い女性で、今は桜の木の下で眠っています」

 電話の向うから、ん? という、舞を訝しがる気配が伝わってくる。

「あなたの住所・氏名・職業をお聞かせいただけますか?」

「宇田川舞、二十八歳。西宮市石刎町に住んでいます。職業は芦屋医科大学の精神科病棟に勤務する管理栄養士です」

「目撃状況を話してください」

「早朝のウォーキング途中で、現場を目撃しました。夙川沿いの桜並木で、一際大きい染井吉野が視界に入って来た時でした。白い薄絹が翻ったのが見えてきて、何だろう? と思って後を尾けました」

 薄絹が白いネグリジェ姿の若い女であったこと。辺りに浮浪者の鼾が、静かに鳴り響いていたこと。女の犯行を止めようと、走りながらスマホの動画ボタンを押したこと。舞は状況を詳細に語った。

「現場撮影に、ご協力いただけますか? メッセージのURLをアクセスしてください。自動的にビデオ通話に切り替わりますから、現場を映してください」

 舞は染井吉野の古く盛り上がった根を枕に、白い女が眠っている様子を映した。

「この女性が浮浪者を刺す現場を目撃しました」

 次にスマホを、浮浪者が眠るベンチに向け、ズーム機能で映す。

 舞のいる場所は、GPS機能で把握したのだろう。

 遠くからサイレンの音が聴こえてきた。

「間もなく捜査員が現場に到着します」

 舞がスマホを片手に顔を上げると、夙川沿いの二車線道路に、パトライトを屋根に取り付けた黒いセダンが到着した。続いて、パトカーや救急車が到着する。

▼ 連載各話はこちら

マガジン「ミステリー小説『ランビエの絞輪』」に各話をまとめていきますので、更新をお楽しみに!


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