歩く人④
歩行にはリズムがある。
右足と左足を交互に、一定のテンポで前に出して、頭の中で「いち、に、いち、に」と声を出してみる。
小さい頃、小学校の帰り道で、実際に声を出しながら歩いた経験がある人も多いだろう。「ワン、ツー、ワン、ツー」でも「右、左、右、左」でも、同じ。
自分は今でも声に出して歩くことがある。そして呼吸も自然と歩行に合わせて「スッ、スッ、ハッ、ハッ」と、4拍子のテンポを取っている。
自分が1時間に歩ける歩数を数えてみた。約6000から7000歩。1秒間におよそ2歩、歩いていることになる。
しかし、これは歩くことにかなり集中して、それこそ「いち、に、いち、に」と数えながら歩き続けている時の歩数で、寄り道したり、休憩したり、写真を撮ってみたり、そうして道草を食っている時は、約4000から6000歩くらいに落ちる。1時間も歩けば1万歩くらい簡単に歩けると思っていたけれども、意外とそうはいかない。それにはかなりの早歩きを続ける体力がなければならない。
普段運動していない方のそれは、想像している以上に厳しい苦行になるだろう。
歩くことが持つ身体のリズム。
長い時間歩いていると、一定の歩行のリズムが、身体にとって心地よいものだということが分かってくる。
すっと全身の力を抜いてあごを引き、腰を持ち上げる。骨盤と体幹を意識して、太ももから前に出すようにして歩く。足は体の正面まっすぐに、一本の線を辿るようにする。
この歩き方は、道の途中で何度か足首の痛みに悩まされた自分をいつも助けてくれた。足首の痛みに妥協し、なだめる様にして足を引きずって歩くと、むしろ痛みは激しくなる一方だ。あえて、しっかり歩く。歩くことだけに集中して、一定のリズムを刻むようにして「いち、に、いち、に」と歩く。するといつの間にか足首の痛みは消え、心地よい疲れだけが残っている。
いまちょうど読んでいる『大きな耳』という本に、歩くことに関するのエッセイがあった。歩くテンポと音楽について、著者のアラジン・マシューは、次のように語る。
「「歩くテンポ」で演奏される音楽は、すわって聴いていても、まるで歩いているかのような感じになる。きみの体の形と機能とに共鳴しているのだ。もうちょっと速いテンポ、1分間に130歩くらいのテンポだとせかされるように感じる。1分間に80歩くらいだと、ブラブラ歩きという感じで少し遅すぎるように感じる。人はこのように歩行のテンポの揺らぎを敏感に感じとれるので、指揮者はこれをさまざまなテンポを記憶するときの基準として使っている」(『大きな耳』「歩くこと」)
僕たち人間は、音楽の速度感を、歩行のテンポと比較して感じ取っているようだ。歩行のテンポより速ければ、急いでいるように、遅ければ、のんびりしているように。テンポの基準は、僕たちの身体にある。
それは約四百万年にも渡って人類の先祖たちが刻んできた、一定の歩行のリズム。僕たちの身体に刻み込まれている、身体のリズムだ。
歩くことは、このリズムの源を思い出すことでもある。身体のリズム、身体の速度、身体の時間。
約四百万年もの間、人類がこの地球上で歩き続ける中で作りあげてきたこの感覚は、いまも僕たちの中に残り続けている。
(つづきます)
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miuraZen
歩く人
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