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forest forest

今までのアーカイブはコチラ→ https://www.niwatomori.com/forest_forest_map/ 森の案内人・三浦 豊が、月に数回、日本中の森林、木々の営…
キャラ立ちした木々、無数の森林や名所・・・、 森目線になると、日本はほんとうに、すばらしいことにな…
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円椎の森

( 次回のつづき ) 風神、雷神の彫刻が両側にある山門をくぐると、 長い山道を歩いてきたことを忘れるような、大きな寺の境内が広がっていました。 温暖化の影響か、すっかり冬なのに、木々の紅葉がまだ残っていました。 山道を歩いて辿り着いた松尾寺は、養老二年( 718年 )に舎人親王によって創建された寺院で、なんと、日本最古の厄除け寺院と云われている古刹でした。

巨大寺院から北へ

松並木を歩いて、 奈良県斑鳩町の、法隆寺( ほうりゅうじ )へ行きました。 境内は、法隆寺という巨大寺院が創建された、飛鳥時代以来の雰囲気に包まれていました。 ふと、黒い物が視界に入ったので、近づいてみると、

神社に生うる草木は一木一草すべて御神木です

富士山の東側にある、静岡県の小山町( おやまちょう )へ行きました。 町の目貫通りを歩いて行くと、 立派な神社がありました。 冨士浅間神社という神社で、富士山の東口にある神社の中では最も格式のある神社とされ、東口本宮とも呼ばれています。 境内入口の左側には、水が勢いよく流れている滝がありました。

森の町

( 前回からのつづき ) 碓氷峠( うすいとうげ )から美しい森を歩いて、 明治21年(1888年)に建てられた「 軽井沢ショー記念礼拝堂 」という教会に着きました。 この教会は、なんと軽井沢最古の教会で、 カナダ生まれで明治6年に来日をした宣教師・アレクサンダー・クラフト・ショーさんによって設立されました。 この教会の、右側の道を進むと、 こじんまりとした2階建ての木造建築が建っていました。 入口には標識があって、 この木造の一軒家は「 ショーハウス 」という名

軽井沢の森

長野県軽井沢町の、軽井沢駅前です。 黄色い丸の所にある、碓氷峠( うすいとうげ )へ行きました。 碓氷峠は大昔から要衝として知られており、群馬県と長野県の県境になっていて、 その県境を跨(また)ぐかたちで、熊野皇大( くまのこうたい )神社の境内がありました。 参道の真ん中から、向かって左が長野県で、右が群馬県です。 境内の奥へ進むと、

白八汐

三重県、鈴鹿山脈の中の一峰、竜ヶ岳( りゅうがたけ )へ登りました。 しばらく歩くと、 竜の雫( りゅうのしずく )と呼ばれる、渓流と滝の中間のような水場がありました。 杉や檜の植林を、1時間半くらい登ると、 視界がひらけて、

山の上の赤八汐

( 前回のつづき ) 霧がかった岩山に、ピンクの花々が見えて、 引きつづき、山を登ると、 ピンクの花々が落下していました。 見上げると、 ピンクの花は、赤八汐( あかやしお )の花でした。 赤八汐( あかやしお )は、東海地方や関西では標高が1000mくらいの山に自生しているツツジです。

巨大オブジェ

三重県の鈴鹿山脈の中で、おそらく最も有名な山、御在所岳( ございしょだけ )に登りました。 登り始めた登山口から、花崗岩( かこうがん )が露出をしていて、 歩道の部分がえぐれている所もあり、 登り進むと、 花崗岩が、いよいよ大きな岩塊になってきました。 比較的、風化をしやすい花崗岩は、登るにつれて、

萱島駅

大阪平野を流れる代表的な川の一つ、寝屋川( ねやがわ )沿いを歩いていると、 川の上に、 駅のプラットフォームがありました。 そのプラットフォームに向かって、左へ行ってみると、 同じ駅の下に、神社がありました。 本殿へ近づくと、 心底、驚きました。 赤い鳥居の向こうには、

2200年前

( 前回のつづき ) 熊野古道を歩いて、 とつぜん視界がひらけ、 眼下に見えた、海沿いの集落へ下りてみることにしました。 山道をしばらく下ると、 集落に少し近づきました。 集落の中に生えている大きな木がいよいよ気になって、ドキドキしてきました。 集落は、 路地が一人分の幅しかなく、味わい深い趣でした。

700年前

三重県の熊野市にある、波田須( はたす )という集落です。 集落の中には、熊野古道が通っていました。 熊野古道は山林へと続いており、 集落を離れた途端、石畳になっていました。

初入御山内

和歌山県の山中へ行きました。 僕が行った所は、 熊野古道にある、滝尻王子( たきじりおうじ )という場所で、 平安時代の公卿・藤原 宗忠が、中右記という書物でこの地のことを「 初入御山内 」と記しており、ここから先は、いよいよ熊野の霊域とされてきた場所です。 ここには2つの川が合流していて、 1月下旬なのに、モコモコと茂る森の前に、 滝尻王子がありました。

崖っぷち

紀伊半島の海岸沿いに、 思わず二度見をしてしまうような景色が広がっていました。 この巨大石柱の長い列は、まるで橋を架ける時の杭のように見えることから、 橋杭岩( はしぐいいわ )と名づけられているようです。 長年の波風の浸食によって、岩盤の硬い所だけが残ったことにより、このような景観が生まれました。 付近の地図によると、 この橋杭岩の向こうには、紀伊半島で最南端にあたる半島と島があるようです。 橋杭岩を眺めていると、なんだか無性にこの先の島へ行きたくなったので、行っ

生まれて初めての出会い

東京都文京区にある、小石川植物園へ行きました。 この小石川植物園は正式名称がとても長く、 「 東京大学大学院理学系研究科附属植物園 」 となっています。 園内は、まさに植物の楽園の様相を呈していました。 ざっとですが、印象的だった木を列挙します。 正門のすぐ前で茂っていた芭蕉( ばしょう ) この低いトゲトゲした木は沖縄這杜松( おきなわはいねず )といって、南西諸島に自生をしているようです。 南の島の海岸沿いに、こんな針葉樹が生えているなんて。 いつか自生地へ行