数年ぶりに再会した従姉妹と、ひとつ屋根の下で甘い生活を 第1話
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この世界は嘘偽りで、できている。
本物というものはなく、ただ、脳に、体に直結している五感のすべてが、理想的に見せているだけなのだ。
真実なんてものは存在しない……と、俺――旗山蒼生は思っている。
だけど、それでも、この気持ちが嘘偽りのない真実であるのかが、わからない。
俺は血縁関係にあたる、いとこの……あの子が好きだってことを改めて自覚したのは、あの子と同じ家で生活するようになってからだった。
*
「えっ……なに言ってんの?」
「だからな、父さんと母さんはな、仕事で海外へ行くことになったんだ」
中学三年の受験シーズンの時期に迫っている俺――旗山蒼生は、家で食事するテーブルで、父――茜音と、母――翠里に海外へ行く事情を今、伝えられている。
「仕事上、仕方なかったのよ。どうしても私たちが必要だって会社が言うから……」
「会社……ねえ……」
俺は一呼吸おいて言う。
「……つまり、俺も海外に着いてこいってこと?」
「いや、それは蒼生がつらいだろう……慣れない環境に無理に蒼生を連れて行こうとは思わない。父さんも母さんも蒼生の頭のデキの悪さはわかっているつもりだ」
一言、余計だな。
「だから、決めたんだ。俺たちは」
「……ん? なにを?」
「蒼生、一糸学院《いっしがくいん》を受験しろ」
「は? イッシ、ガクイン……?」
「一糸学院はな……覚えているかな? 一糸さんが経営している学校なんだよ」
「イトさん……?」
「昔よく遊んでいただろう。親戚の一糸さんだよ。一華ちゃん、琴葉ちゃん、陽葵ちゃん、咲茉ちゃんと仲良くしていたじゃないか」
「あっ……ああ……うん」
よく覚えてはいるけど……だって、まだ俺は子どもだし……。
年が近かったので、あのときは仲良くしていたけどさ。
「それが、なんで、その、一糸学院を受験することにつながるのさ?」
「実はな、もう話はしてあるんだ」
「うん、なんの話を?」
「蒼生を一糸さんの家で暮らさせるってことをさ」
「一糸さんの家で、暮らさせる……?」
「きっと、うまくいくわよ。仲良しだったんだし」
「仲良しだったんだし?」
「今は一華ちゃんがカフェを経営しているから、四姉妹だけで暮らしているそうよ」
「四姉妹だけで暮らしているそうよ……? えっ? 俺、あの子たちの家で暮らすの?」
「そうよ。私たちが海外へ行っている間ね」
「あの、一糸さんちのご両親は……?」
「海外ね」
「かい、がい……」
「だから、いとこ同士、うまく暮らしていくのよ」
「嘘だろおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっっっっっ~~~~~~~~!!!!????」
俺は背中から汗が噴き出して、たまらない。
「なんで、なんで……なんてことをしてくれたんだ!! あんたたちはっ!!!!」
「……うん? どうした、蒼生?」
「どうしたも、こうしたも、ないっ!!!! なんで、女の子四人がいる家で、その中で男一人が生活しなきゃならんのですかっ!!??」
「問題ないでしょ。家族なんだから」
「家族……?」
「親戚は家族だよ、蒼生。なにをそんなにムキになってるんだ……?」
「そうよ、蒼生。もう、私の姉さん……わかるだろうけど、一糸さんちのお母さんには伝えてあるから」
「え、ええ……」
「ちなみに一糸学院は、いろんな学力を持った生徒がたくさんいてな……誰でも入れるんだよ。だから、合格は簡単だよ。頭の悪い蒼生でもやっていけるさ」
「そんな……そんな」
「家族なんだから、大丈夫よ。家族だから余計なことを考えなくてすむし」
「余計なことを考えなくて、すむ、かあ……?」
「と、いうわけで、来年度から一糸さんちでお世話になってね。きっと大丈夫よ」
もう、俺に逃げ道は、なかった。
*
賢者だったら、うまくいくんだろうな……。
女の子に耐性のない俺にはキツすぎる。
だけど、やっていくしかないんだ。
俺は一糸さんちのチャイムを鳴らす。
すると、ガチャリと玄関が開く音がした。
中から三人の少女が飛び出してきた。
「おっ、よく来たね〜! 遠路はるばる、お疲れ様です! ブラックコーヒーは飲めるかい?」
一糸一華――俺の従姉にあたる、今年で二十歳の女性だ。一糸家の四姉妹の大黒柱といってもいいポジションに収まっている。なぜなら彼女は「カフェ・ワンスレッド」という喫茶店を経営しているマスターだからだ。
「待ってたよ~! 疲れてるでしょ? 家に案内するから早く上がって! 学校のことは、なんでも教えてあげるからね!」
一糸琴葉――俺の従姉にあたる、今年で十八歳の女性だ。今は一糸学院の高等部に通っており、一糸学院の現在の生徒会長らしい。
「久しぶり、蒼生お兄ちゃん! なんだかカッコよくなったね! 身長もあのころより、だいぶ伸びたんじゃない? また一緒に遊ぼう!」
一糸咲茉――俺の従妹にあたる、今年で十四歳の少女だ。今は一糸学院の中等部に通っており、スポーツ万能、成績優秀の特待生らしい。
みんな、小さい頃の面影が残っている……。
「本当に久しぶりだね! みんな、元気だった?」
「もちろんだよ~! まあ、私が大黒柱なので、大船に乗ったつもりでいたまえ、蒼生くん?」
「一華さん……俺は、この家に住まわせていただくからには、できることは全部します! よろしくお願いします!」
「そんなにかしこまらないで! 家族なんだから!」
「いえ、家族だからこそですよ! 琴葉さんのサポートだって全力でやらせていただきます!」
「蒼生お兄ちゃん、今度一緒にバスケしよ? 今のあたしなら、きっと蒼生お兄ちゃんに勝てるよ!」
「わかったよ! 俺は絶対に咲茉ちゃんに負けないつもりだから!」
「じゃあ、今度バスケしよ! 絶対だからね! まあ、まずは家に上がって!」
三人は俺を一糸家の中へと案内する。
「さあ、入って入って~!」
中へ入ると、リビングへと通される。
(……いないのかな?)
俺は、あの子のことを思い浮かべていた。
一糸陽葵――俺の従妹にあたる、今年で十六歳の少女だ。今年から一糸学院の中等部から高等部へ内部進学するらしいのだが、まだ姿が見えない。
「あれ……? あの子はいないんですか?」
「あの子って……? ああ、陽葵ちゃんのことかな?」
「はい。まだ陽葵は帰ってきてないんですね」
「陽葵ちゃんなら、もうそろそろ帰ってくると思うよ~」
「……えっ?」
俺が戸惑っていると、玄関の扉が開く音がした。
「ただいま〜!」
「ほら、帰ってきたよ」
一華さんが言う。
「お腹すいたぁ……今日の晩ご飯はなにぃ?」
リビングの扉が開いて、女の子が入ってくる。
「あっ……」
俺は、その子と目が合った。
「……えっ!?」
彼女も俺の顔を見て、驚いている。
「陽葵ちゃん、覚えてる? この少年は旗山蒼生くん。今日から一糸家で暮らすことになった、私たちの従兄弟だよ」
一華さんが彼女へ俺のことを紹介する。
「えっ……あっ……あの……」
彼女の体が硬直しているのがわかる。
「陽葵ちゃん、どうしたの?」
一華さんは不思議そうに首を傾げている。
「ううっ……」
なぜか彼女は涙目になっていた。
そして、俺の方へ向かって駆け出してきた。
「お兄ちゃあああぁぁ~~~んっ!!」
彼女が俺に抱きつく。
「会いたかったよぉおおぉっ!! ずっと、ずっと、寂しかったんだからあぁああっっ~~~!!!!」
「ええっ……えええぇ~~っ!!??」
まさかの展開である。
これが旗山蒼生と一糸陽葵の数年ぶりの再会であった。