数年ぶりに再会した従姉妹と、ひとつ屋根の下で甘い生活を 第28話
*
予想通り、一糸学院での俺に関する噂は、あることも、ないことも、すべて生徒の間で広まっていた。
『旗山蒼生はヤベェ奴らしいぞ』
『ああ、聞いたよ』
『喧嘩が強いんだって』
『千人斬りとかマジかよ』
『やべぇ』
『俺、ボコボコにされちゃうかも』
『俺は逆にボコボコにしてやるぜ』
『俺はあいつ嫌い』
『俺も』
『青の決殺者の噂は本当なのか?』
『ああ、間違いないぜ』
『俺が聞いた話だと、あいつは不良を何人も病院送りにしたんだってさ』
『それ、嘘じゃねえの?』
『あいつは不良じゃないだろ。風紀委員だし』
『でも、本当だって噂もあるぜ』
『あいつ、なんで、あんなにモテるんだよ』
『なんの特徴もないのにな』
『あいつ、ムカつくんだけど』
『わかる~』
『ぶっ飛ばしてやりたい』
『おい、おまえ、そんなこと言ったら殺されるぞ』
『あいつは殺人鬼みたいなもんじゃん』
『怖いわぁ』
『俺、あいつに怖くて近寄れないわ』
『俺も』
一糸学院の生徒たちに広がる噂は俺の耳でも聞こえるように届いていた。
(まあ、こうなるとは思っていたけどな……)
そして、今日も授業が終わると俺は一糸学院の生徒たち(主に不良)に囲まれる。
一糸学院の生徒たち(主に不良)に囲まれた俺は一糸学院の人気のない場所へ連れて行かれた。
「よう、クソ野郎。どのツラ下げて学校に来てんだ?」
「なんとか言えよ!!」
「このクズ野郎が!」
「なんとか言えや!! このゴミ虫が!」
「無視してんじゃねぇよ!」
「この野郎!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
「この大クソ野郎が……!」
俺は殴られそうになるが、俺は避ける。
「避けんな!」
「避けてんじゃねーよ!」
「ちっ……」
「おい、こいつの顔、ボコボコにしちまえよ」
「そうだ! そうしようぜ!」
「いいな! 賛成!」
「おい逃げんなゴルァッ!!」
わらわらと集まってくる不良たちに俺は言う。
「俺が、おまえたちの勝負を受けると思っているのか? 俺は忙しいんだ。こんなことに時間を割くつもりはない」
「ふざけたこと言ってんじゃねーよ。てめぇは俺たちにボコられる運命なんだよ」
「てか、てめぇ、俺らのこと舐めてんだろ」
「舐めてんのは、どっちだよコラ!」
「俺らが負けると思ってんの?」
「勝つに決まってんだろうが」
「やんのか!? アアンッ!!」
不良たちは俺を睨みつける。
「……おい、なにやってんだテメェら」
その声に振り返ると、そこには幟谷子鯉の姿があった。
『幟谷さん、お疲れ様ですッ!!』
「幟谷さん、なにか用があるっすか?」
「ああ、ちょっと旗山蒼生に話があんだが」
「俺に?」
「ああ……それと、おまえらにもだよ」
『俺たちにもですかッ!?』
「テメェら、俺と旗山が決闘する前にちょっかい出してんじゃねぇよ! やるなら金曜日の放課後、屋上でだ! 勝手に喧嘩を始めんじゃねぇッ!!」
『わかりましたッ!!』
『うっすッ!!』
不良たちが去ると、幟谷子鯉は俺をギロッと見る。
「……旗山蒼生、覚悟しとけよ」
「…………」
「俺は絶対にテメェをぶちのめしてやるからな」
「…………」
「おまえのことは、だいたい調べがついてるんだ。噂の情報の嵐、覚悟しておけよ。じゃあな」
そう言うと、幟谷子鯉は去っていったのだった。
*
この一週間で俺が離伴中学校にいたころのことや、俺の過去のことがどんどんと広まっていった。
俺は一糸学院の生徒たちから敵視されるようになった。
「おい、あいつだろ」
「ああ、あいつが一糸学院の女子たちを手玉にとってるっていう」
「マジかよ。あいつ、マジ最低だな」
「あんな奴、いなくなればいいのに」
「陽葵さんと的井さんに手を出したんだろ」
「あいつ、マジクズじゃん」
「キモいよな」
「あんなクズ消えてしまえばいい」
「あいつの顔見ると吐き気がするわ」
「あいつは俺らの天敵だよな」
「ああ、あいつは人間じゃない」
「あいつは悪魔の血を引いている」
「死ねばいいのに」
「死んだほうがマシだぜ」
「マジで殺したいわ」
そんな言葉が毎日のように聞こえてくる。
まあ、こうなるだろうと思っていたけど。
でも、俺は、どんなに悪口を言われようとも平気だ。
俺は、もう慣れているんだ。
それに、俺は家族がいる。
だから、俺はひとりじゃない。
みんなが支えてくれる。
それだけで充分だ。
そして、ついに金曜日になった。
「おはよう、蒼生」
「おはようございます、蒼生くん」
「おはよう、お兄ちゃん!」
「おはよう、蒼生〜」
「おはようございます、蒼生」
「……おはよう」
家族たちが俺に向かって朝の挨拶をしてくれたので俺も返す。
登校して、一糸学院のクラスの教室に入る。
「おっす、蒼生」
「おはようございます、蒼生」
悠人と知世も挨拶してくれた。
「蒼生、本当に幟谷と戦うのか? 大丈夫なのか?」
「心配ないよ、悠人。俺は勝てるよ」
「そうか……。おまえは強いもんな。がんばれよ、蒼生」
「ありがとう、悠人」
「私も応援しています、蒼生」
「うん、知世もありがとう」
「がんばってくださいね」
「ああ、もちろんさ」
俺は笑顔を浮かべた。
そんなとき、俺の噂を知っているクラスメイトたちが俺の噂をさらに広めていた。
「おい、聞いたか? 旗山の話?」
「今日、幟谷子鯉と戦うらしいぞ」
「幟谷子鯉って、あの?」
「ああ、この辺り一帯を取り仕切っている不良だよ。一糸学院で一番の不良だって噂もある」
「あの、幟谷子鯉か……」
「やべぇ……」
「でも、幟谷子鯉にボコボコにされた旗山を見たいなぁ」
「それな」
「俺も見たい」
「わかる」
「俺も」
一糸学院の生徒たちは俺のことを話題にして盛り上がっている。
だけど、俺の心に迷いはなかった。
(俺は勝つ。絶対に勝ってみせる)
俺は拳を強く握った。
*
金曜日の授業がすべて終わり、放課後になった。
「陽葵、葵結、悠人、知世……先に帰っていてくれ。用事があるんだ……」
「……ああ、わかったよ」
悠人は心配そうな顔をしながらも、了承してくれた。
俺は鞄を持つと教室を出る。
『蒼生……』
「大丈夫だよ、陽葵、葵結。ちゃんと帰るから」
「……うん」
「……はい」
陽葵と葵結は不安そうな表情をしていた。
俺は、そんな彼女たちに笑顔を向ける。
「じゃあ、またな」
俺は教室を出た。
誰もいない廊下を歩く。
目的地は、ただひとつ……屋上だ。
俺は階段を上がり、屋上に出る。
今日の天気は気持ちがいいくらいに晴れていた。
屋上から見える景色は美しかった。
青い空が広がっている。
屋上には、すでに幟谷子鯉がいた。
「よう、クソ野郎。待ってたぜ」
「ああ。俺はクソ野郎じゃないけど」
「逃げなかったようだな」
「当然だろ」
「おい、おまえら! 喧嘩の時間だッ!!」
幟谷子鯉が叫ぶと、ゾロゾロと不良たちが屋上に集まってきた。
『ブッ殺してやるッ!!』
幟谷の手下たちが俺を睨みつける。
「へっ……覚悟しろよ、旗山蒼生」
幟谷子鯉は不敵に笑っていた。
「テメェ、覚悟はできてんだろうな」
「……俺はできている」
「テメェは俺にボコボコにされて死ぬんだよ」
「それはどうかな」
「クソ野郎が……」
「……おまえに言いたいことがある」
「なんだ?」
「おまえ、自分の命を大事にしたほうがいいと思うぞ」
「……テメェ……殺す……ブッ殺してやるッ!!」
幟谷子鯉は怒り狂った様子で叫んだ。
「テメェみたいな奴は生きてる価値なんてねぇ! この世から消えちまえ!!」
「…………」
「テメェはここで死んでもらうぜ! それがテメェの運命なんだよ! ざまあみやがれ!! ヒャーハッハァ!!」
幟谷子鯉は大声で笑う。
「じゃあ、始めるぞ! いけっ、おまえたちッ!!」
「旗山蒼生、死ねぇえーッ!!」
「死ねぇえ〜!!」
「ぶっ殺してやるぜ、このクズ野郎がッ!!」
「死ねよ、ゴミ虫がぁあああああああああああああーッ!!」
不良たちは一斉に襲いかかってくる。
「これが俺たちの正々堂々の決闘だあああああぁぁぁぁぁぁッ! 俺と旗山蒼生の決闘を始めていくぞおおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
幟谷子鯉が叫びながら走ってきた。
「…………」
俺は無表情のまま幟谷子鯉を見つめる。
このような戦いのために俺は、この一糸学院にやってきたのかもしれない。
なぜ俺が離伴中学校で青の決殺者と呼ばれていたのか?
その理由をこれからタネ明かししよう。
結論から言ってしまえば、あの中学校で俺は、なにもしていない。
離伴中学校で暴力行為なんて、ひとつもしていなかった。
実際の俺は無罪の不良だったのだから。