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違う人生があることすら知らなかった〜『黄色い家』読書感想文
知らなかった
私が差別されているとか
私が搾取されているとか
私がチャンスを奪われているとか
そもそも
私に違う人生があることすら
知らなかった
ACジャパンのCMを初めて見た時にハッとさせられたことを覚えている。知らないということがどれほど不幸なことなのか、自分がいかに恵まれていたか。生きていく術を選べない人々は映画やドラマの中だけではなく実際いるんだとあらためて痛感させられた。
これは小説だけどそこに生きている少女たちは私の周りにいるかも知れなくて、その道を選ぶしかなかった、だから、責めないであげたい、理解してあげたい、あなたたちのことをわかりたいと思っている私がいた。
『黄色い家』/川上未映子
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十七歳の夏、「黄色い家」に集った少女たちの危険な共同生活は、ある女性の死をきっかけに瓦解し……。人はなぜ罪を犯すのか。世界が注目する作家が初めて挑む、圧巻のクライム・サスペンス
子どもだから選択肢が無い、仕方なく親と一緒にいる、いつか自立するその日のための健気な努力。それさえも許されずそれさえも奪われて、どん底で触れたほんの少しの優しさのようなものになびいて懐いて、守られている安心感さえ感じてしまう。
誰かが自分のためになにかを用意してくれたこと、そして本当なら自分が負うべき責任の一部を引き受けてくれて、なにも心配はいらないというようなことを言ってくれたことにたいする、安堵と感謝が入り混じったような感情だった。なんだか守られてるみたいだ
だってまだ子どもだから。普通なら親が与えてくれるはずのものを自分の力で手に入れるしかない。
それは例えば衣食住を与えてもらえる安心感。
それは例えば自分に出来ることがあると知る満足感。
それは例えば誰かのために頑張る達成感。
それは例えば守りたいものが出来る責任感。
まだ10代の何も知らない少女が抱えるものとしては重すぎるそれら。何も知らなくても暮らしの中で世の中の仕組みはのしかかってくるし、将来の不安に押し潰されそうになる。
贅沢のためではない、生活のためのお金。将来のためのお金。自分のためではない、皆の幸せを守るためのお金。
安心するためにもっともっと、と焦っても焦っても安心なんて得られない。
自分で稼いでるつもりでもその方法は誰かが与えてくれないと得られない。それが良いことか悪いことかは関係ない。それしか方法がない。それをやらなきゃ暮らしが破綻する。皆の幸せが壊れる。私の幸せは皆を守ること。
世の中は、できるやつがぜんぶやることになってんだ
皆の幸せを私が‥私が‥私が守ってるはずだった。守られることの安心感を知ったから、だから皆にもそれを与えてあげてると思ってた。でも、頼んだ覚えはないと言われた。皆あんなに幸せだったのに、それを守ってるはずだったのに、皆はそうじゃないって言う。気持ちじゃなくてお金が欲しいって言う。
ふたりがいろいろなことに気づかないで笑っていられたのは、いつだってふたりが気づかないでいられることのすべてに、いつもわたしだけが気づいていたからなのだ
それでも光はあった。その存在がザラザラした気持ちを少しだけ柔らかくしてくれた。その人が歌ってくれた歌の、その歌詞に泣いた。
大人の階段昇る君はまだシンデレラさ
幸福は誰かがきっと
運んでくれると信じてるね
少女だったといつの日か
想う時がくるのさ
ACジャパンのCMを『黄色い家』バージョンにするとこうなる。
金は権力で、貧乏は暴力だよ
貧乏人は最初からぼこぼこに殴られてるから、殴られてるってことがどういうことかわからない。
それがあたりまえのまま育つ。だからいろんなことがわからない。でもわからなくても腹は減るでしょ。腹が減ったら食い物がいる。食い物を手に入れるには金がいる。金を手に入れるにはどうしたらいい?働けばいい?どこで?どんなふうに?
帯文に、読者の心には経験が、そして爪痕が残るとあった。まさに私は、花という少女の喜びも怒りも焦りも哀しみも経験して、心が痛くて仕方がない。どんなに泥にまみれても、どんなに誤解されても、あなたの純粋な気持ちは誰にも踏みにじられはしないと、そう信じてる私がいた。