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誰でもできる!ケーススタディ作成のコツ⑤(全5回)

全5回のシリーズも早いもので、今回で最終回を迎えます。前回はケースライティングのポイント(後編)として、ストーリーの組み立て方と設問の立て方について、ご紹介しました。今回は、ケーススタディを効果的に進めるファシリテーションのポイントについてご紹介します。

■事前準備
 研修当日に向け事前準備を入念に行うことはとても重要です。ファシリテーターは、受講者からの様々な意見を受け止めながら、ラーニングポイントへと導きます。その為にも、事前にケース資料を何遍も読み返し、設問に対する予想回答をシュミレーションし、ホワイトボードへの板書方法などを大まかにイメージしておきます。まとめた内容はティーチングノートに記録しておくと、後々の整理に役立ちます。
 ケースの記載内容は過去の出来ごとの為、研修を実施する際は常に最新の情報を把握しておくことが重要です。ネットでの検索や当事者へのヒアリングと通じて把握した最新情報は投影資料にまとめ、研修当日にケースの補足情報として解説できる準備をしておきます。
 また、事前に受講者情報を把握しておくこともお勧めします。職位や担当業務を把握しておくと、議論で異なる視点の意見を引き出す際に役立ちます。例えば、新規取引に関する議論であれば、一般的に営業部門であれば新規取引を推進する意見が多く、コーポレート部門では逆にリスクに対して慎重になる傾向があり、それぞれ見解が異なります。同様に管理職と非管理職でも、視点が異なります。ファシリテーターは敢えて異なる意見を引き出すことで、受講者に異なる意見の背景や意図を考えさせ、組織全体として何が最適なのかを考えさせます。ケーススタディの価値の一つはディスカッションでの意見の相違から新しい考え方に気かせることにありますので、受講者属性から話題の振り先にあてをつけておくことが効果的です。

■プログラム構成
 研修冒頭は、受講者の研修への参加意識を高めることが重要です。その為にも、ケーススタディで養われる力(洞察力、適応力、論理的判断力など)の紹介や、有効な議論の進め方の解説などをすると良いと思います。当社では、学びを深める対話方法としてマサチューセッツ工科大学のオットーシャーマーが提唱しているU理論などを紹介しています。また、議論に入る前にケースの記載内容に関する受講者の理解度合いを一定水準で揃えると質の高い議論を展開できます。具体的には、事前に記載内容を要約した投影スライドを作成し、解説してから議論に入ると進行がスムーズになります。
 ディスカッションの冒頭は受講者が緊張している為、アイスブレイクもかねて簡単な質問から入ります。弊社ではケースの記載内容に関するYES/NOクエスチョンをクラス全体に投げかけるようにしています。
 研修プログラムの時間配分を考えるときは、「90/20/8の法則」を活用すると良いでしょう。脳が集中力を持続できる時間は「90分」と言われています。少なくとも90分毎に休憩をはさみ、リフレッシュする時間を設けます。さらに、大人が記憶を保持しながら話を聞くことができるのは「20分」と言われていますので、各セッションを20分区切りで構成すると良いようです。また、人間の脳は受け身な状態が「10分」続くと興味を失い始めるようです。受講者が能動的になりがちなレクチャーや解説には、8分を目安に変化をつけるようにすることを心掛け、受講者を飽きさせない工夫が必要です。実際のケーススタディを例にとると、以下のようなカリキュラム構成になります。
1. オリエンテーション(議論の進め方、目線あわせ等): 8分
2. ディスカッション: 20分
3. 解説: 8分 ※途中、受講者間とのインタラクティブなやり取り
※以降、設問数により2.3の繰り返し
※動画などを挟み変化をつけることも、受講者を飽きさせない有効な手法です。

■ファシリテーターの役割
 ケーススタディにおけるファシリテーターの役割はまず、ケースの記載内容を通じて受講者自らの「仮説」や「持論」を導き出すことです。大人の学びに関する経験学習理論では、人は経験からの内省によって教訓を引き出し、次の状況に応用することによって学習するといわれています。このサイクルはケーススタディにも当てはまります。ファシリテーターは発問を通じて、クラス全体のディスカッションをリードしながら、受講者がケースから教訓を得られるように進めます。その際にファシリテーターが意識しておくべきことは、ケーススタディの設問に対する絶対の正解がないということです。第3回ケースライティングのポイント(前編)でお伝えしましたが、ケースメソッドは事実のみを記載し、作者の主観や理論は述べず、事実をもとに読者が当事者の立場に立って考えることが前提になっています。その為、受講者からは様々な意見が出ますが、ファシリテーターは、その一つ一つの意見を否定することなく、受け止めることが重要です。何を言っても良いと受講者に認識してもらう場づくりは、異なる観点から気づきを得ることを目的としたケーススタディにとっては特に重要です。異なる意見が出た場合は、ファシリテーターが、それぞれの意見の背景や意図を深く聞き出すことで議論が深まり、受講者の気づきも深くなります。また、受講者が得た教訓を実際の職場に置き換えて考えさせるファシリテーターの発問は、学習成果を実践に活かすことを促進する上でも重要です。例えば、「牽引型のリーダーシップが必要」との受講者の考えに対し、「具体的にどのような状況で有効でしょうか」と発問しながら、それまでの議論とは異なる状況で考えさせ、実務での活用をイメージさせます。研修での学びを実践に転用させる発問を投げかけることもファシリテーターの重要や役割です。
 ディスカッションを円滑に進める上では、事前にいくつかの回答パターンを想定しておくと有効です。特に意識すべき点は、ラーニングポイントです。ケーススタディで受講者に気づいてほしいポイントを意識しながら議論を進行し、一通り意見が出尽くした後にラーニングポイントに絡めて解説します。解説の際、関連する学術的な理論を引用することで受講者の納得感が高まることがありますので、必要に応じて追加スライドの準備をしておくことがあります。
 ファシリテーターの役割は受講者から様々な意見を引き出し、活発な議論を通じて受講者に多くの気づきを得てもらうことにあります。その為、受講者「全員」から意見を引き出すことを意識的に行ってください。ややもすると、発言者は偏りがちになりますので、意見を出さない、おとなしい受講者に敢えて質問することも、コールドコールと呼ばれる議論を活性化させる重要なテクニックの一つです。ただ、その際は回答しやすい質問をするなどの配慮も必要です。また、ファシリテーターの目線の配り方として、会場左奥から右奥へ、そしてZ形に合わせて手前に視線を動かすと会場全体が見渡せるといわれていますので、参考にしてみてください。

 以上、全5回にわたりケーススタディのポイントを述べてきました。多くの方が、ケーススタディの作成は費用も時間もかかり、難しいと感じているかもしれませんが、フレームに沿って進めれば意外と簡単に作成できます。あとは、場数と経験を積めば生産性も高まりますので、案ずるより、まずは実践してみてください。なお、今回ご紹介した内容は、当社内での事例ですし、私たちも学びの途上ですので、あくまで一つの参考情報としていただければ幸いです。これまで、お付き合いいただき有難うございました。読者の皆様と、どこかでお会いできる日を楽しみにしております。

記事に関するお問い合わせ: 
三井物産人材開発株式会社 小林 陽一(Yoi.Kobayashi@mitsui.com)