葉山みとと

詩や小説。

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 【生首製作所】なるものを知ったのは、私が二股彼氏と泥沼愛憎劇を繰り広げた帰り道のことだった。何股かけられていようと本命が自分なら許すこともできたが、主役はどうやらあちら側で、私は横恋慕を仕掛けた悪役であるらしい。  冗談じゃない。そう憤りながら歩いていた繁華街の路地裏、雑居ビルのポストのひとつにその名前を見付けて、なんだろうとしばし首を捻っていたが、ここに来るまでにしこたま飲んでいたこともあって、考えるより先に階段を上っていた。  古い鉄筋コンクリートのビル。ポストに示され

    • 夜空のアクアリウム

       夕刻のコーズウェイ。うだるような暑さでまだ陽は高く、行く先にはゆわゆわと陽炎が立っている。  土手道はいちおう舗装されているが、薄く敷かれたアスファルトは雑草に押し上げられ端がめくれており、あちこちひび割れていた。高すぎる気温のせいか踏みしめるとかすかにやわい。陽炎は別名逃げ水などというが、この暑さでは溶け出した石油が本当に水のようにしみ出ているかもしれない。  そんなことを考えながら、汗ではりつくシャツをはがしはがし歩いていると、本来なら近づけば消える陽炎がぽちゃんと音を

      • レプリカ

         レプリカとは、端的に言ってしまえば『複製品』のこと。本来はオリジナルの製作者本人が作ったもののみを指す言葉であったが、現在では誰が作ったかは重視されなくなっている。大事なのは、それが緻密にオリジナルを再現した公式の製作物であること。ゆえに『コピー』などという薄っぺらい言葉で表現するのは極めて乱暴な行為である。気がする。 「僕としては、その精巧な品をしまいこんでしまうのは、この世界にとってなんらかの損失になるのではないかと懸念するのだが。どうしてもダメなのかい?」  その

        • 標本

           美しさが罪なのは、それを愛でる相手に対してではない。罪というのは、たとえそれが自らの行動に起因するものでなかったとしても、最後には自分に還って来るのだ。 *** 「モルフォ蝶が青いのは何故だと思う?」  彼が言った。僕は「知らない」と答えたが、本当は「興味がない」だけだ。 僕の意識はいつだって、彼の思考の方には向かない。学者様に対して失礼かもしれないが。 「実はね、その理由は解明されていないんだ。君なら答えてくれると思ったんだが。」  無茶を言う。この人は僕のこと

          ひとりぼっちの星

           天然の星はいいぞ。獏に乗って網で掬うんだ。 流星旅団だった祖父の口癖は耳にタコだが、天然の星など見たことのない僕の脳内では、空想の光が煌めいている。 人工星は霧の向こうの灯のように曇っている。が、満月の光を吸収して降ってくるそのレプリカだけが、今の世界では星と呼ばれている。  満月の翌日、子供たちは星採りの手伝いをする。僕らの学校は海岸線の担当だ。 転校生が流木に座ってさぼっていたので、僕は拾った星の中から珍しい青色のを差し出して言った。 「こういうの、褒められるよ」

          ひとりぼっちの星