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鬼と人の間に立つ者・茨木童子の悲恋譚 木原敏江『大江山花伝』

 木原敏江の代表作の一つである歴史ファンタジー連作『夢の碑』の番外編と(後に)銘打たれた「大江山花伝」は、タイトルの通り大江山の酒呑童子伝説を基にした悲恋譚。ここでは、その前日譚に当たる「鬼の泉」と合わせて紹介いたします。

 都を騒がす鬼・酒呑童子を退治するため、単身、山伏に扮して大江山に潜入した渡辺綱。しかし彼は、何故かついてきた下働きの娘・藤の葉ともども、鬼に捕らわれてしまうのでした。
 そんな二人の前に現れたのは、綱にかつて片腕を斬られたことのある鬼にして、酒呑童子の息子・茨木童子。綱を牢に入れ、藤の葉を己のものとしようとした茨木童子ですが、片面に火傷を負った彼女の顔を見て何故か激しい驚きを見せるのでした。

 捕らわれの中、綱は、鬼たちがかつて異国からこの国に渡ってきた者たちであり、人間によって一族を虐殺されたために復讐を誓っていること――そして茨木童子が、かつて人間の母によって鬼の隠れ里から逃れ、人として育てられたものの、酒呑童子に連れ戻されて鬼と化したことを知ります。

 やがて仲間たちによって救い出され、源頼光の大江山攻めに加わった綱。しかし鬼たち、特に茨木童子に同情する彼は、何とか茨木童子を救おうとします。そして綱は、事が終わった暁には、藤の葉を妻に迎えようと考えるのですが――実は藤の葉と茨木童子の間には深いつながりが……


 御伽草子や能・歌舞伎などの題材となっている渡辺綱と茨木童子の因縁譚。女性に化けて襲いかかってきた茨木童子の片腕を綱が落とし、厳重に保管していたものの、乳母に化けて現れた茨木童子に腕を取り返される――本作は、有名なこのエピソードをプロローグとして描かれます。
 しかし本作は(結末は大江山の酒呑童子伝説を踏まえながらも)、綱よりも茨木童子の方に重点を起きつつ、伝説とは全く異なる物語を展開していくことになります。

 今は鬼の一味として、文字通り悪鬼の所業を働きながらも、十五歳になるまでは人間として育った茨木童子。その時の幼い恋が長じて後思わぬ形で甦り、悲劇へと繋がっていく――というのは作者の得意とする展開ですが、本作は人間と対立する鬼である茨木童子を主役とし、人間と鬼の間に理解者となる綱を立たせることで、より深い物語性を醸し出しています。
 はたして悪いのは鬼だけなのか。鬼と人間の間に和解の道はないのか――何ともやりきれない物語ながら、しかしだからこそ高い叙情性と儚い美しさが漂うのはやはり、作者の筆の力と感じます。


 そして前日譚である「鬼の泉」は、父の下に連れ戻された茨木童子が、鬼となることを拒否して大江山を出奔した際の物語です。

 酷薄な荘園領主とその弟に捕らわれ、下人として扱われながらも、そこで同じ下人の少年・小朝丸と、貴族に売る遊女とするために育てられている娘・萱乃と出会った茨木童子。三人で暮らす中、人のぬくもりに触れ、小朝丸と萱乃と共に生きていこうとする茨木童子ですが、盗賊となっていた萱乃の恋人が領主に捕らわれたことで、運命の歯車が狂っていくことに――という物語です。

 「大江山花伝」に比べれば、ほとんど人間とも言える心を持っていた茨木童子が、何故変貌してしまったのか――終盤に描かれる彼の心の動きは、理不尽でありながらも、しかしそれだけに不思議なリアリティを感じさせます。
 こちらもさらにやり切れない物語ではありますが、しかしそれだけに終わらない余韻を残す点では、「大江山花伝」と同様といえます。

 なお、本作で描かれる鬼の出自――北欧から日本にやって来た民の末裔――は、「夢の碑」シリーズと共通するものですが、発表時期はこちらが先立っているためか(「大枝山花伝」は週刊少女コミック昭和53年第27号、「鬼の泉」はララ昭和57年1月号、一方「夢の碑」シリーズ第一弾の「桜の森の桜の闇」はプチフラワー昭和59年5月号)シリーズには直接含まれないながらも、単行本によっては番外編と冠されているところです。

 また、フラワーコミックスα版では、この二作のほか、やはり歴史ファンタジーの「花伝ツァ」と「夢幻花伝」が収録されていますが、こちらについてはまた機会を改めて紹介したいと思います。

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