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二人の復讐劇の結末 地獄の連鎖の先に よしおかちひろ『オーディンの舟葬』第3巻

 恩人を殺した仇を追う「戦狼(ヒルドルヴ)」ことルークと、その仇である一方で自分もヴァイキング王を仇として狙う白髪のエイナル――ヴァイキングのイングランド侵攻を舞台に繰り広げられる壮絶な復讐撃の最終巻です。それぞれ大きな喪失感を抱えつつ、死闘を繰り広げる二人の行き着く先は……

 イングランドとデンマークのヴァイキングの戦いの最中、育ての親である神父をエイナルに惨殺されたルーク。幼い頃から共に育った二匹の狼と共にエイナルを追い、ヴァイキングを狩る彼は、「戦狼」と呼ばれ恐れられるようになります。
 しかしその一方で、返り討ちを狙うエイナルもまた、両親の仇であり、実は叔父であるヴァイキング王・双叉髭のスヴェンを付け狙っていました。

 イングランド軍のアランに利用されるルークと、スヴェンの第二王子・クヌート付きとなったエイナル。アランとスヴェンに翻弄されつつも、ルークとエイナルはなおも激しくぶつかり合います。
 さらにそれぞれ大きな喪失を味わった二人の戦いは、ついに始まったイングランドとデンマークの全面戦争の最中、いよいよエスカレートを続けていくのですが……


 前巻ではイングランドとデンマークの歴史という巨大なうねりの中に飲み込まれた感のあったルークとエイナルの戦い。しかしいきなり冒頭からどうしようもない地獄絵図を繰り広げる両者の対決は、怒り狂うルークの行動によって、思わぬ方向に展開していくことになります。

 恨み重なるエイナルに対して、もはや死すら生ぬるいと恐るべき罰を下したルーク。彼の目論見通りに凄まじい喪失感を抱えたエイナルの行動は、さらなる惨劇を生み出します。二人の暴走が史実と結びついたことにより、さらなる戦禍が生まれる――憎悪が憎悪を呼び、殺戮が殺戮を呼ぶ。二人を結ぶそんな関係性は、国と国のレベルで拡大されていくのです。

 しかし、それは避けられない必然なのか。その地獄の連鎖は、断ち切ることはできないのか――?
 思えばルークもエイナルも、それぞれにかけがえのない存在がありました。それを無惨に奪われたからこその復讐行であることは言うまでもありませんが、しかしその不毛さにルークが気付いたのは、彼にとってのかけがえのない存在の一人が、愛と寛容を語る神父であったからでしょうか。
(一方のエイナルもまた、その喪ったものの大きさには胸が痛むのですが――それがああも歪んでしまったのは、これはヴァイキングという環境故と言うべきかもしれません)

 そして二人の最後の対決において、ルークは以前とは全く異なる言葉をエイナルに語りかけ、全く異なる道を選択します。それに対してエイナルが何を答え、応えたのか、そしてその先にルークを待っていたものは――これはぜひ実際に作品を見ていただきたいと思います。

 正直なところ、前巻でそれぞれ主役を食う存在感を発揮したスヴェンとアランの扱いなど、結末を急いだ感がないでもありません。
 そしてまた、そこで描かれたものには、言葉を失うほかないのですが――しかし、歴史の陰で繰り広げられた二人の青年の復讐劇が、一つの史実につながっていく結末には、小さな光の存在が感じられます。

 たとえか細く、容易にかき消されるものだとしても、確かに闇の中に存在する人間性の光。本作は途方もない喪失感の先に、それを描いた物語であったというべきでしょうか。


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