安萬純一『滅びの掟 密室忍法帖』 忍法帖バトルからミステリへ 再構築の妙
サブタイトルを見ただけで「これは!」と思わざるを得ない本作――ミステリ作家であり『忍者大戦 黒ノ巻』にも参戦した作者による、伊賀と甲賀の五対五のトーナメントバトルと、それと平行する奇怪な連続殺人を繋ぐ恐るべき謎を描く、時代伝奇忍者ミステリと言うべき力作です。
時は島原の乱から数年後――伊賀に点在する忍びの里の一つ・木挽の里に、江戸の五代目服部半蔵からの使いが現れたことから、この物語は幕を開けます。その半蔵からの使いの内容は、里の使い手五人――塔七郎、半太夫、五郎兵衛、十佐、湯葉に対して、甲賀の忍び五人――麩垣将間、藪須磨是清、紫真乃、奢京太郎、李香を討てというもの。とはいえ、戦国の世ならいざ知らず今は太平の世。共に徳川家に仕える甲賀の忍びを何故殺さなければならないのか――こうした疑問を胸に抱きつつ伊賀の五人ですが、忍びにとって上からの命令は絶対であることは言うまでもありません。
しかし、彼らが甲賀に向けて旅立とうとしたその時、早くも最初の犠牲者が――五人の中でも最強と目される半太夫が、顔の皮を何者かによって無惨にも剥がされ、集合場所に打ち付けられているのが発見されたのです。
さらに、塔七郎たちが里を離れた間に、何者かによって里の住人たちが次々と殺されていくという事態が発生。外敵に対しては鉄桶の構えであるはずの里の守りが簡単に破られ、里の者たちの探索も空しく、犠牲者は続出することになります。熾烈な忍法合戦が繰り広げられる間も、殺されていく里の人々。この両者に関連があると考えた塔七郎は、戦いの中で知り合った旅の牢人・由比与四郎、そして江戸城勤めの親友の手を借りて、背後にあるものを探ろうとするのですが……
副題から明らかなように、山田風太郎の忍法帖のオマージュという性格を色濃く持つ本作。なるほど、見方を変えれば忍法帖の忍者たちはそれぞれ独自のトリックによる殺人者であり、そして同時に被害者でもあります。本作はその点に着目して、忍法帖をミステリとして再構築してみせたものと言えるでしょう。そして本作の場合、登場する忍者たちが、自分が何故戦うかを知らない――すなわち変形のホワイダニットものというべき内容なのが、またミステリとして面白い点です。
さらに本作は、その副題が示すように「密室」にまつわる忍法(すなわち殺人手段)が、全てとはさすがに言わないまでも、数多く登場するのも大きな特徴です。忍者で密室――? と思われるかもしれませんが、代表選手の中に密室/機械式トリックマニアがいた(!)という理由で、本作には本当に次々と趣向を凝らした密室が登場。かなり豪腕ではありますが、そこ繰り広げられる忍法殺人の数々は、副題に偽りなしとの面白さであります。
しかし、本作の魅力は、こうした連続殺人としての忍法バトルのみというわけではありません。忍法バトルが本作の縦糸とすれば、横糸は里で起きる連続殺人――代表選手を派遣しているとはいえ、本来無関係であるはずの忍びの里で、何故人々が殺されていくのか? という謎であります。ここではその内容の詳細には触れるわけにはいきませんが――しかしこの謎こそが、本作を時代ミステリとして成立させている核である、ということは許されるでしょう。
本作に強い影響を与えたという山田風太郎の『忍びの卍』。忍者たちの死闘の陰にもう一つ、ある者のさらに巨大で恐るべき意図が――という、忍法帖にしてミステリの名品です。
そのような忍者ものにして時代ミステリの流れを汲みつつも、この物語ならではの謎と仕掛けを用意してみせる(特に「真犯人」も想定しなかったある人物の秘密を絡めることで、事件をさらに複雑なものに変えてみせるのはお見事)。そしてさらに、本作は、この時代が生んだ非情と無情、そして理不尽の存在を剔抉するのです。
もっとも、この本作最大の仕掛けについては、ちょっと苦しい部分があるように感じられる点は否めません。ここまで回りくどい手を使わなくとも――と。しかし本作は、ここでももう一つの仕掛けをほどこしているのです。「忍者は殺し合うもの」という忍法帖のルールを内面化している我々にとっては盲点ともいうべきものを。それはもちろん、本作だからこそできる仕掛けであると断言できます。
忍法帖をミステリとして読み替え、そして忍法帖であることを自体を一つのトリックとする――そんな意欲的、かつ魅力的な作品であります。