歴史小説的文法で描く、『モノノ怪』ヒロインの「強さ」と「弱さ」 仁木英之『モノノ怪 鬼』
新作劇場版が公開され、大ヒットしたのも記憶に新しい『モノノ怪』。その『モノノ怪』の完全新作ノベル――仁木英之によるスピンオフ小説の第二弾です。今回の舞台は、戦国時代末期、九州平定を狙う島津家に抗う人々が暮らす地・玖珠。そこに現れる四つのモノノ怪を巡る、連作スタイルの長編です。
時は1580年代後半、九州で大きな勢力を誇っていた大友家が島津家に耳川で惨敗して数年。以降、九州制覇を目論む島津家は各地を併呑しながら北上を続け、広大な山に囲まれた「侍の持ちたる国」として自立してきた玖珠郡にもまた、その軍勢が目前に迫ります。
しかし玖珠郡の諸侯をまとめる古後摂津守は、この地の有力者・帆足孝直と仲違いして久しく、島津に対する態度も足並みが揃わない危機的な状況。さらに、周囲の山にはいつしか人を食らう妖・牛鬼が棲みつき、民を苦しめていたました。
そんな中、元服したばかりの帆足家の嫡男・鑑直は、山中で美しい少女・小梅と出会います。鑑直よりも身体が大きく、腕力も武芸の腕も上回り、周囲からは「鬼御前」と呼ばれる小梅。しかし鑑直はそんな彼女に惹かれ、やがて二人は相思相愛となるのですが――実は小梅こそは古後摂津守の長女だったのです。
父同士の不仲にも諦めず、自分たちの想いを貫くため、力を合わせて牛鬼を退治しようとする鑑直と小梅。そんな二人の前に奇妙な風体の薬売りが現れて……
戦国時代も末期、本土では秀吉が天下統一に向けて快進撃を続けていた時期に、九州で繰り広げられた島津家と大友家を中心とした諸侯の戦い。本作の題材となっているのはその一つ、日出生城の戦いをクライマックスとする玖珠郡衆と島津家の戦いです。
そう、本作の背景は、かなり知名度は低い(フィクションの題材となったことはほとんどないのではないでしょうか)ものの、歴とした史実――さらにいえば、物語の主人公である鑑直と小梅(正確には後述)も、その父たちも実在の人物なのです。
同じ作者による前作『モノノ怪 執』においても、江戸時代を舞台に、史実の事件や実在の人物を題材としたエピソードがありましたが、戦国時代を舞台に、さらに史実と密着して描かれる本作のアプローチは、それをより推し進めたものといえるかもしれません。
前作が時代小説の文法で『モノノ怪』を描いたとすれば、本作は歴史小説の文法で『モノノ怪』を描いたといえるでしょう。
そんな本作は全四話構成。冒頭の「牛鬼」に続き、以下の物語が描かれます。
鑑直と小梅の婚礼が行われる中、小梅の妹・豆姫に近づいた島津家の元重臣・伊地知が、古後家をはじめ周囲を煙に巻き、狂わせていく「煙々羅」
島津家の総大将・新納忠元の軍勢が玖珠に迫る中、島津家で台頭してきた鬼道を操る怪僧が生み出した屍人の兵が玖珠を襲う「輪入道」
島津の総攻撃を前に、鑑直と共に小梅が日出生城に籠り奮闘する中、新たなモノノ怪が生まれる「鬼御前」
これを見ればわかるように、本作は四話で一つの物語を構成している、連作エピソードです。アニメの『モノノ怪』は、(最新作の『唐傘』を除けば)分量的には中短編であり、そして個々の物語は(稀に過去のエピソードのキャラクターが登場することはあれど)それぞれ独立したものとして描かれていました。
それに対して本作は、玖珠という地を舞台にした連続した一つの物語であり、これまでの『モノノ怪』になかった趣向といえるでしょう。
(そしてそれだけ薬売りも一つ所に長居するためか、結構玖珠の人々に親しまれている様子なのがちょっとおかしい)
しかし、本作にはもう一つの特徴があります。それは本作のヒロインである「鬼御前」こと小梅の存在です。
先に述べた通り、実在の(実際に伝承が残っている)人物である小梅、いや鬼御前。伝承では――実はそこに記されるのは「鬼御前」の通称のみで、本名は残されていないのですが――夫の鑑直と共に日出生城に籠り、わずかな手勢で島津勢を相手に奮戦したといわれる女性です。
この鬼御前は身の丈六尺(180cm)近い長身だったということですが――図らずも××女ブームに乗る形にというのはさておき――その規格外の人物像は、本作においても際立っているといえるでしょう。
しかし彼女が持つその「強さ」は、『モノノ怪』に登場するヒロインには、極めて珍しいものと感じられます。
これまで『モノノ怪』に登場したヒロイン、すなわちモノノ怪に関わった女性の多くは、どこか儚げな――望むと望まざるとに関わらず、ある種の「弱さ」を抱えて運命に翻弄される存在でした。
それはモノノ怪を生み出すのが、人の情念や怨念であることを考えれば――そしてまた、物語の背景となる時代を考えれば――むしろある種の必然だといえるかもしれません。
それに対して本作の小梅は、並の男を遙かに凌ぐ力を持ち、そして自分の行くべき道を自分で選ぶ強い意志を持つ女性――この時代の女性としては、破格というほかない人物です。そんな彼女は、むしろモノノ怪を討つ側であっても、生み出す側ではないと感じられます。しかし、そうであるならば、登場するモノノ怪をサブタイトルとする『モノノ怪』において、第四話は何故彼女の通称である「鬼御前」なのか――?
実に、そこに至るまでの本作の物語はその理由を描くためのものであり――誰もが巨大な歴史の流れに翻弄された時代、誰かを守るために誰かを傷つけなければならない時代に生み出されるモノノ怪を描く物語といってよいかもしれません。
そしてそれは同時に、「強さ」の中には「弱さ」はないのか、そして「弱さ」とはあってはならないものなのか――そんな問いかけと、その答えを描くものでもあります。
そして物語を最後まで読み通せば、伝承にない名を与えられた小梅もまた、『モノノ怪』のヒロインにふさしい女性であると――すなわち、「弱さ」を抱え過酷な運命に翻弄されながらも、なおも自分の想いを抱き続ける「強さ」を持った女性であると理解できるのです。
(もう一つ、『モノノ怪』という物語において、「解き放」っているのは、薬売りだけではないということも……)
スピンオフ小説ならではの異例ずくめの趣向でありながらも、確かに『モノノ怪』と呼ぶべき物語を描いてみせた本作。
異色作にして、だからこそ『モノノ怪』らしい――『モノノ怪』の作品世界を広げるとともに、その奥深さを証明する一冊です。
前作の紹介はこちらです。