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お花畑

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妄想癖が悪化したときに書きます。
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#小説

Bar AM2:44

「いらっしゃいませ。今日もお仕事帰りですか?」
「ええ。とりあえずビールください。」
「かしこまりました。」
「あの人、今日も来てましたか?」
「ああ、実は先ほどまでいたのですが……。」
「そうですか。残念です。」
「でも、また来るとおっしゃっていましたよ。」
「その時はこっそり私に連絡くださいね。あと、時間稼ぎも。」
「仕方ないですね……。」
「でも、あの人、私のことなんて憶えてないかもしれない

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白い部屋

 月がジュリーをにらみつけていた。お前を逃しはしないぞと。混み合ったホームに歯痒さを憶えながら、ふらつく足取りで人波を掻き分ける。たぶんもうだめだろう。今更走ったところでなにもかも取り戻せないだろう。なんのために走っているのか。なんのために。ここで線路に飛び降りて、バラバラになっちまったら、誰か後悔してくれるだろうか。それとも、つまらない男だったと呆れられておしまいだろうか。酔いのせいか、ジュリー

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僕が君の思い出になってあげよう

 やまない雨はない、というけれど、ジュリーにはそれが希望の言葉には聞こえなかった。
「だったら、あの人の流したどんなに美しい涙でさえ、いつかは乾いてしまうんだな。」
 駅からの帰り道、歩道に敷きつめられた桜の花弁を踏みつけながら歩いた。ジュリーにはそれがいたたまれなかった。春を殺しながら歩いているような気がしたのだ。
 暗い部屋のベッドの上に横たわって、ジュリーは考えた。
「人は一生のうちに何度、

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夢のむこうの港から

夢のむこうの港から



 慣れない都会の駅舎のすみで、改札の前に立ち、ふるさとの水路に悪戯に石を並べた日のことを思い出していた。せき止めようと石を敷き詰め、積み上げても、その隙間を縫って水は流れ続ける。そんな様子を眺めていると、僕は時の流れをじかに感じることができた。無力感に浸ることができた。どうしようもないことも、世の中にはあるのだと知ることができた。それは確かに淋しいことではあったが同時に僕を救ったのだ。僕は幾つ

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ジン・ハウス・ブルース

ジン・ハウス・ブルース

 私は菜の花畑で生まれた。海のちかくだった。潮風にくすぐられて菜の花は黄色くうねっていた。
 生まれた場所で酒を飲むのは変な気分だ。土曜日の午後の定位置は、決まって波打ち際だった。酔いどれの溜息はアルコールのにおいをさせながら空にのぼる。桟橋の先の釣り人はやがて夕焼けに掻き消される。海岸線に夜が落ちた。
 波の音を聴いているあいだだけ、私はあの頃に戻れる気がした。海は、孤独な人間に優しかった。砂浜

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