Bar AM2:44

「いらっしゃいませ。今日もお仕事帰りですか?」
「ええ。とりあえずビールください。」
「かしこまりました。」
「あの人、今日も来てましたか?」
「ああ、実は先ほどまでいたのですが……。」
「そうですか。残念です。」
「でも、また来るとおっしゃっていましたよ。」
「その時はこっそり私に連絡くださいね。あと、時間稼ぎも。」
「仕方ないですね……。」
「でも、あの人、私のことなんて憶えてないかもしれないですよね。ああ、名前くらい聞いとけばよかった……。あ、このビールおいしい。ちょっと苦味があって。」
「珍しいでしょう。気まぐれで仕入れてみたんです。」
「おかわりください。」
「ペース早いですね。大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。」
「お仕事大変なんですか?お疲れのようですね。」
「大変なんてものじゃないですよほんとに……。おかわり。」
「飲み過ぎですよ。それに、さっきのビールはあれでおしまいだったんです。」
「じゃあ、なにかカクテル作ってくださいよ。とびきり強いやつ。」
「まったく……。」
「へえ、そうやってカクテルを作ってると本物のバーテンダーみたいですね。」
「失礼な。本物ですよ。」
「ごめんなさい。」
「酔ってます?」
「少しだけ。」
「どうぞ。ブルーマンデーです。」
「やな名前。でも、私にはぴったりかも。」
「明日のことなんて忘れてしまえばいいんですよ。」
「あ、結構強いかも。」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫。でもちょっと眠くなってきました。」
「大丈夫じゃないじゃないですか。ここで寝ないでくださいよ。」
「常連に対してつめたいなあこの店は……。」
「あ、さっきはどうも。」
「おや、忘れ物ですか?」
「ええ、ちょっと手帳を忘れたようで……。」
「こちらですか?」
「ああ、それですそれです。ありがとうございました。」
「いえいえ、無事でよかったです。ところで、お帰りの際にひとつお願いがあるのですが。」
「……なんでしょう?」
「こちらの方が、だいぶ酔っぱらってしまったようでして。家はお近くのようなので、よければついでに送って行ってもらえませんか?」
「マスターは人づかいが荒いんだから……。でも、手帳のこともあるし、今日は仕方ないですね。ん……? そういえばあなたは、このあいだここで隣に座った方ですよね?」
「……憶えていてくださったんですね……!」
「ちょっとそんな……急に抱きつかないでくださいよ。」
「もう寝てるみたいですよ。」
「ほら、しっかりしてくださいね。——ところでマスター、さっきは助かりました。」
「まったく……。メールしたのになかなか来ないから、時間稼ぐのが大変でしたよ。その人、飲むの早いんですもん。」
「すみません。次にこの店に来るときは、きっと二人で来ますから。」
「楽しみですね。お待ちしてますよ。では、おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?