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21世紀の漫画家100 - 谷口菜津子 / 魔法の世界のその先へ

いつの時代も人は迷う。
迷ったとき、ある人は友人に話を聞いてもらうだろう。ある人は太陽に向かって走るかもしれない。芸術家が迷ったとき、迷いは作品へと昇華される。

私は少女漫画が苦手だ。
なぜなら、少女漫画は私たちのリアルな「迷い」を描くから。
少年漫画は読んでいて気楽だ。主人公の悩みは、異世界の悪党との戦いや、知らない世界の「キング」を目指す上での葛藤。それらの悩みは比喩的で、現実の私たちとは切り離されている。だから気軽に楽しめる。
少女漫画はそうはいかない。あれは実際の私たちの生活、実際の人間関係をトレースして語られる。少女漫画の主人公の悩みは闇を暴く。私が見ないようにしたはずの、隠しておきたい「迷い」をつつく。少女漫画は、私の心をざわめかせる。


21世紀にデビューした漫画家100人をフィーチャーするこの連載。
今回は、21世紀を生きる様々な若者の悩みを、柔らかにポップに描く、谷口菜津子さんを取り上げてみる。

■思えば遠くへ来たもんだ

谷口菜津子。
ブログ掲載していたウェブコミックが注目を集め、2013年書籍化。商業刊行デビューとなる。
その後も順調に創作を続け、2022年、手塚治虫文化賞新生賞を受賞。『教室の片隅で青春がはじまる』『今夜すきやきだよ』といった、学生やOLの悩める日々を描く作品が高評を受けた。『今夜すきやきだよ』『彼女と彼氏の明るい未来』はテレビドラマ化もなされた。

一見したところ、彼女の作風はふんわりとして、ガーリーに感じられる。しかし物語の本筋では、人間のダーティーさが、隠されることなく描かれる。
ふんわりとした絵柄の奥で、彼女の視点はゆるがない。21世紀の今に、しっかりと照準が当てられている。

理想に燃える母親と、幼い私
映えを考えるのは、子どもだけでなく親世代も

●バーサス・セックス

初の長編作品となった『彼女と彼氏の明るい未来』はこんな話だ。ゆるふわで誰もが羨む乙女・ゆきかと、冴えないネガティヴ男・一郎の幸せカップル。ある日一郎が、持ち前のネガティヴを発揮して、ゆきかの過去を探ろうとする。「ゆきかはヤリマン」そんなウワサの真相を確かめるべく…。

谷口作品は、性を描くことに躊躇しない。それをごく自然に、フラットに描く。
『彼女と彼氏の明るい未来』では、性観念のすれ違いによる男女の葛藤が描かれる。『教室の片隅で青春がはじまる』では、脱・処女(というかセックスへの憧れ)へ強いこだわりを持つ、宇宙人の女子転校生がサブ主人公だ。

毛玉だって恋したい

70年代の少女漫画では、セックスは愛する人との生涯の愛のモチーフとしてあったそうだ。
今は違う。
今は、セクシー女優がファッション誌の表紙を飾る時代。SNSを通じて、同級生が不特定多数に肢体を晒す時代。性は、急激にボーダレスになっている。

だから迷う。
教えられる旧い規範や道徳に相反して、世の中はセクシャルさを詣でるメッセージで溢れている。
この矛盾した環境の中で、青い果実は迷い、傷つく。
谷口作品は、そんな彼らの悩みを、ことさら強調することなく、かと言って目を逸らさず、フラットに明るく描いていく。

●バーサス・仕事

変わったのは、恋愛/性愛だけじゃない。
女性のキャリアもまた大きく変わっている。

直近の谷口作品は、働く女性に焦点が当てられている。
記事執筆時点の最新作『まめとむぎ』は、社内不倫の末に離職したOL・麦が、発酵居酒屋の店員として再スタートしていくお話。その前作『じゃあ、あんたが作ってみろよ』は、旧い価値観に生きる昭和男が、料理上手の彼女にプロポーズの後フラれ、自ら料理を作っていく中で様々学んでいく話だ。
時代が移り、社会に出るようになった女性。家事に立つようになった男性。新しい時代、新しい役割を担う男女の姿が取り上げられていく。

(段取り不足にも程があるゼ!)

20世紀の女性は、ある意味で守られていた。
「家」に閉じ込められていた時代から、思えば遠くへ来たものだと思う。
もはや女性は(男性も)、迫る性と自由なキャリア選択へと、開かれてある。変化に対する自己選択と自己防衛へと、急激に迫られている。

その変わる世界のリアリティを、谷口さんは確かに捉えてみせている。

少女/女性のリアルを描く。少女/女性漫画の矜持が、21世紀にも生きている。


■新しい世界へのカタルシス

私が読んだ中で、最も好きな谷口菜津子作品は『うちらきっとズッ友』(試し読みはこちら!)。最後に、この作品をベースに、彼女の「前向きな開放感」という魅力について語りたい。

冒頭に「迷い」が作品制作の原動力になるかもしれないと書いた。谷口さんの初期作品は、特にそうした著者自身の迷いや怒りが、作品に載せられているように感じた。
等身大の悩みを、そのまま受け取りやすいものとして取り出す。それには正直で素直な観察眼が必要だ。その曇りなき観察眼は自分には無い。谷口さんはすごい。
しかし悩みを取り出して終わるだけでは、私のような迷える羊はアタフタするばかり。悩みを超えた先にある、向かうべき光を見せてほしい。そう思ってしまうのは、受け手の過ぎた願いであるだろうか?

私が『うちらきっとズッ友』が好きなわけは、悩み惑う主人公達が、彼らなりの幸せを手に入れる様が描かれているからだ。
『ズッ友』前までの谷口作品は「理想と現実」のギャップに悩む"傷ついた被害者"の姿が目立っていた。しかし本作では、そうした弱い主人公は後景に退いている。
それに代わるのは強い主人公。変わる世界の荒波のなか、古い基準を再考し、自分なりの価値観に目を向けようと努力する。そうした強さが一貫して語られる。


『ズッ友』は短編集なのだが、例えばこんな話が載せられている。
ある日学校に転校してきた、芸能人の親戚を持つという卯月ちゃん。彼女はクラスの誰とも違う特技を持っていて、誰とも違う豪邸に住んでいるという。

美女には華が舞うものよね…
(少女漫画に限る)

けど、それは嘘だった。
本当の卯月ちゃんの家はアパート。有名人の親戚どころか、実の父親もいなかった。
卯月ちゃんはウソツキ。同級生から責められ、彼女は学校に来なくなる。

卯月ちゃんが不登校になってからのある日、主人公は一人遊んでいる彼女に出会う。

いい子だね > to 主人公

そこで主人公は目にする。卯月ちゃんが語っていた「ウソの世界」。それが楽しげに、彼女によって地面に描き出されていることに。

主人公は「ウソ」はいけないことだと信じていた。ほんとうのお父さんがいないなんて、カワイソウだと思っていた。

でも卯月ちゃんはそうじゃなかった。彼女は「ウソの世界」で自由に思いを膨らませることが、何を言われても好きだった。そして、”ママの彼氏”ととても楽しそうに話していた。
主人公とは違う基準で、彼女なりの幸福を手にしている卯月ちゃん。その姿が、悩む主人公への新鮮な衝撃となる。

このページからの主人公の独白が沁みるのよ

谷口作品に、いくつかの変化を見出すとするなら、最初の重要な変化は『うちらきっとズッ友』にあると思う。この作品を機に、谷口さんは現代に振り回される若者の悲壮に目を向けるだけではなく、彼女持ち前の"強さ"を見せる作家になったと感じる。
つまり、周囲に・時代に流されて、自分を見失なう若者の姿だけではなく、周囲に・時代に抗って、自分なりの価値基準を見つけ出そうとする、若者の強さを描くように。

世界は変わる。人々は惑う。
周囲が参考にできないなら、無責任な"周囲"を頼りにするのではなく、大切な"貴方"と共に成長したい。
『うちらきっとズッ友』を読むと、そんなふうに元気付けられる。


前回取り上げた西村ツチカさんは、漫画文化の革新側に位置する人だと思う。比較すれば谷口菜津子さんは、伝統的な少女・女性漫画文化を引き継ぎ、発展させる作家であるだろう。
漫画の世界は、夢の世界を描くだけではなくなったかもしれない。理想の世界を描くだけでは、今の現実は厳しすぎる。それでも、時代が変わっても、漫画は前を向いて歩いて行くための助けになってくれる。時代に寄り添い、その先を歩いていてくれる。
そんな作品こそ、私は読んでみたい。



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最後までご覧いただきありがとうございました!

2024年の「このマンガがすごい!」にも選ばれた、今をときめく作家さんですね。初見の方にも、少しでも面白そうと思っていただければ幸いです…!
私的オススメは、1位は揺るがないとして、2位は『彼女と彼氏の明るい未来』が、荒削りながらも真摯な感じがしてよかったです。次いで『教室の片隅で青春がはじまる』。『まめとむぎ』も、カドの取れたいい感じなトレンディドラマとして、一般受けがいいと思います。ライトに楽しく読みたいならそちらがオススメ。
まぁ『ズッ友』が良すぎて、私はその他が霞んで見えてます。

これからも大体の水曜日、世界を広げるために記事を書いていきます!
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misoichi|ライター📝
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