僕の好きなアジア映画20:返校 言葉が消えた日
『返校 言葉が消えた日』
2019年/台湾/原題:返校
監督:ジョン・スー
出演:ワン・ジン(王淨)、フー・モンボー(傅孟柏)、ツェン・ジンホア(曽敬驊)
僕は普段ホラー映画はほとんど観ません。だって恐いじゃないですか。なんで好き好んでお金を払ってまで恐い映画を観るのか、実は僕は全く理解できません(笑)。しかしこの映画はもともと台湾のホラーゲームを元にしているとのことで、当然映画の表現もホラー的な要素が濃いのは、致し方ないですよね。目を覆いたくなるようなグロテスクな、残酷な描写ももちろんあるわけです。
しかしながらこの映画のホラーな表現はあくまでも心象を表現するためのものであって、ホラーのためのホラーではないことで、僕は僕の中でこのホラーを都合よく許容しています。
さてこの映画、台湾の「白色テロ」の時代を背景にしています。「白色テロ」とは、「1947年の二・二八事件以降の戒厳令下において国民党政府が反体制派に対して行った政治的弾圧」を指します。1987年に戒厳令が解除されるまで、反体制派とされた多くの国民が投獄・拷問・処刑されました。同じ時代を描いた映画としてこの映画の予告編などでも侯孝賢の『非情城市』や、楊徳昌の『牯嶺街少年殺人事件』を挙げていますが、時代背景は同様に「白色テロ」なのですが、映画としての肌触りはそれらと全く違うものであることをあらかじめ承知しておいてください。
言論や表現の自由を求めることが反体制とみなされる中、舞台となる高校では、禁じられた書物を読む「読書会」が密かに行われています。しかし誰かの密告によって読書会は摘発を受け、参加していた者たちは逮捕監禁され、拷問や処刑を受けることに。誰が密告したかは映画が進むにつけ明らかになって行きます。そしてその密告の動機は政治的なものではなく、嫉妬に端を発したものでした。この映画のホラー的な描写は弾圧された読書会のメンバーの心象でもあり、実は主として密告者の苦悩や後悔や不安や恐怖そのものでもあることがわかってきます。
女優好きの僕としては、ヒロイン役のワン・ジンが素晴らしいと思います。なんと小説家でもある彼女は、14歳にしてすでに処女作を上梓したという才媛です。不安と恐怖と、罪悪感と狡猾さと、恋愛感情と嫉妬と、複雑な感情表現を必要とする役柄を、少ない台詞のなかで的確に演じきっています。可愛いし。
台湾の「自由」は、こういう凄まじい弾圧との戦いから市民が勝ち取った果実です。政治権力の不正を糾弾できず、それを隠蔽することを容易に許容し、専制を意識すらせずに善しとする社会は、思想や言論の自由を統制しようとする社会と、すぐ隣り合わせであることを我々は肝に命じなければなりません。
第56回金馬奨で12部門にノミネート、最優秀新人監督賞を含む最多5部門を受賞
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