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旧来型の価値創出モデルを刷新したい――研究者の意識改革を実現した、資生堂とMISの共創

資生堂が2019年にオープンした、横浜みなとみらい地区の新研究開発拠点「資生堂グローバルイノベーションセンター(呼称:S/PARK エスパーク)」。“都市型オープンラボ”として、消費者と研究員の交流や、取引先企業、国内外の研究機関とのコラボレーションを目的に新設されました。
そして2019年より、同社研究所が主導するオープンイノベーションプログラム「fibona」と、Makuake Incubation Studio(MIS)による新プロダクト創出プロジェクトを実施、このほど「Makuake」での上市を実現しました。
「fibona」のプロジェクトオーナーであり、みらい開発研究所R&D戦略部長の荒木秀文氏と、「fibona」プロジェクトリーダーで、みらい開発研究所R&D戦略部マネージャーである中西裕子氏に、このプロジェクトに取り組んだ理由や、資生堂研究所が目指す未来などについて伺いました。

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株式会社資生堂 
 みらい開発研究所 R&D戦略部長 荒木秀文氏(中央左)
 みらい開発研究所 R&D戦略部マネージャー 中西裕子氏(左)

株式会社マクアケ 
 共同創業者/取締役 木内文昭(中央右)
 チーフプロデューサー 小堀弘樹(右)

「研究員が市場から遠い」という大きな課題に向き合う

資生堂では2014年からの中期経営計画において、「世界で勝てる日本初のグローバルビューティーカンパニー」を目標に置き、さまざまな改革を実行してきた。その一つが、「資生堂グローバルイノベーションセンター(GIC)」新設によるオープンイノベーションへの取り組み。1階と2階のコミュニケーションエリアでは、美に関するさまざまなコンテンツを提供し、消費者と研究員の交流の場に。4階のコラボレーションエリアでは、研究所には珍しい商談スペースや、外部研究機関との共同研究室を設置している。

荒木氏 GIC設立の背景は大きく3つあります。1つは、市場の変化に合わせてイノベーションの価値創出モデルをアップデートしたいという思い。
大企業のR&Dはどこも同じ悩みを抱えていると思いますが、基礎研究を3~5年行って、次に応用研究に1~2年取り組んで、いざ製品開発となったときにはすでに市場は変化してしまっていて消費者のニーズとずれている…というケースが増えていました。そのため、研究ドリブンではなく、もっと市場や消費者に近いところを起点とした研究環境を作りたいと考えたのです。

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2つ目は、外部とのコラボレーションの活発化。当社では化粧品に関する技術は多数保有していますが、「ビューティー」を実現する手段はほかにもさまざまあります。外部とコラボレーションする機会を増やすことで、新たな可能性を探りたいと思っています。

そして3つ目。ビューティーカンパニーの研究員たるもの、トレンドを肌で感じる環境で研究活動をすべきだと思っていました。以前の研究所は横浜市の郊外にありましたが、GICはみなとみらい地区にあり、常に刺激を得られる環境。外部とのコラボレーションもしやすいロケーションでもあります。

これらの中でも、価値創出モデルのアップデートについては、以前から中西と「移転したらすぐに着手したい」と話していました。そこで早々にスタートアップ企業を招いたピッチイベントの開催や、外部の専門家との共創プログラムなどを実施しましたが、当社の中で「目玉」と捉えていたのがMISとの取り組みです。MISのワークショップを通じて当社の研究知見やアイデアを研究開発部門のメンバーが企画化し、実際に「Makuake」でβ版としてローンチする…基礎研究から創り上げるモデルとは180度異なるやり方に期待感を持ちました。

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中西氏 MISとの共同プログラムを実施した企業に話を聞く機会があり、取り組み内容を詳しく伺って「なんていいプログラムだろう」と感心させられました。何よりローンチまでのスピード感に惹かれましたね。MISには、アイデアから製品を創り上げるプロセスやファシリテーション、ローンチまで、すべてフルセットでカバーいただけるプログラムが揃っていたので、「これしかない」と確信しました。

木内 資生堂さんは日本を代表する化粧品メーカー。1872年の創業以来、業界に先んじてさまざまなブランドを世に送り出してきた実績をお持ちです。だから、最初にお声がけいただいたときには思わず、「本当に我々の力が必要なんでしょうか?」と聞き返してしまいました。

ただ詳しく話を伺い、研究所が抱える課題に触れたことで、マーケットと直接対話するプロセスや、実際にアウトプットする仕組みなど、MISとしてお役に立てることがありそうだと考えを変えました。
先ほど荒木さんから「イノベーションの価値創出モデルをアップデートしたい」というお話がありましたが、資生堂さんの研究所の歴史を見ると価値創出プロセスのマネジメント事例は多数あるものの、「顧客価値のマネジメント事例」は少ないのではないかと感じたのです。

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製品開発には、プロセスのマネジメントと顧客価値のマネジメントの両方が必要です。顧客と対話しつつマーケットを発見して、プロセスマネジメントと顧客価値マネジメントを交互に繰り返すことで、消費者が本当に求める「売れる商品」が生まれる。このノウハウをお伝えすることで、資生堂さんのアップデートに貢献できるのではないかと思えました。

荒木氏 「顧客価値のマネジメント」についてはまさに木内さんのおっしゃる通りで、「研究員が市場から遠い」という点が長年の課題でした。研究員は「研究成果が出ればそれがゴール」と捉えがちですが、経営側から見ればどうしても「売り上げが立っていない以上、ビジネスには貢献できていない」という評価になる。このギャップがなかなか埋められずにいたのです。

だからこそ、GIC新設とともに、“多様な知と人の融合”でイノベーションを目指す「fibona」をスタートさせたのですが、今回のMISとのイントレプレナープログラムが大きな潮流の変化につながったと思っています。このプログラムに参加した研究員は、文字通り「次世代型研究員」になってくれたのではないかと。

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「それは本当に売れるのか?」を問い続ける

資生堂とMISによるイントレプレナープログラムがスタートしたのは2019年夏。プログラムの基本テーマは、「化粧品以外の分野で、ビューティーを叶えられるものを生み出す」。手を挙げた11名の研究員を3つのチームにわけ、各チームで半年間8回のディスカッションを重ね、それぞれの企画を詰めていった。その結果、1チームの企画が形になり、2020年12月にMakuakeでローンチされた。

中西氏 「やりたいことを発信して仲間を集めるスキルも必要」という木内さん、小堀さんのアドバイスを受け、チーム作りから皆にやってもらいました。自らのアイデアを話して仲間を募ったり、「やりたいことが近いから一緒にチームを組もう」と誘い合ったり。あのチーム作りのプロセスがあったからこそ、各チームの団結力が高まり、最後まで走り切れたのではないかと思っています。そして何より「目から鱗」だったのが、ワークショップ中お二人が「それでどう儲けるんですか?」と繰り返し問いかけていたこと。「人の役に立ちたい」という思いを持って仕事に臨んでいる研究員は多いのですが、それをお金に変えるという発想に欠けている点がギャップを生んでいたのだなと再確認させられました。

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木内 研究員の方は皆さんロジカルに想定顧客について説明してくださいますが、結局は「ユーザーがお金を払っても欲しいかどうかが大事」。お客様が買ってくださる=価値を認めてもらえたということなので、「で、売れるんですか?」「どんな人が買うと言っているんですか?」としつこいくらい問いかけ続けました。

荒木氏 研究員は普段、「正解があるものをどうやって実現するか」に力を注いでいます。一生懸命研究に取り組めば、その先に必ず答えがある。しかし、ビジネスには「正解」がありません。答えがないことに精力を注ぐことに、どうしても不安や抵抗感を感じてしまう人がほとんどです。そんな中、「売れるんですか?」と問われ続けたことを機に、不確かなものに力を注ぎ、正解を自ら作りにいくようになった。これは本当に大きなマインドチェンジであり、我々だけでは到底実現できなかったと思います。

「答えを探す」から「答えを作る」への意識転換

初めは手探りだった参加者だったが、回を重ねるごとに姿勢や考え方が変化していった。中西氏は「企画のプレゼンに対し、他チームからの質問内容が明らかに変わった」と振り返る。

中西氏 初めは「本当にこの技術でできるんですか?」など研究員視点での質問が多かったのですが、途中から「想定顧客は〇〇とのことですが、こんな可能性もあり得るのではないですか?」「想定売り上げを〇円と置いていますが、少し見積もりが甘くないですか?」など、ビジネス視点で、かつ根拠のある質問に変わっていったのが印象的でした。

小堀 意識転換という観点で言うと、各チームとも、「企画ピボッドの判断」が一つのターニングポイントになった気がしています。企画を立て、具現化するために手を動かし、プロトタイプまで作ったものを試すことで、「このままでは売れない」と実感し、ピボットする。これまで積み上げたものを全部リセットすることになるかもしれないシビアな決断を、限られた時間の中で行ったことで、ビジネス視点がぐんと磨かれたと感じました。

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中西氏 今回Makuakeでローンチしたチームは、アウトプットの内容が二転三転し、一番ピポットがダイナミックだったと思います。自分たちが目指すゴールはぶらさずに、それを実現する方法は柔軟に見直して、どんどんブラッシュアップしていったという印象です。

木内 「答えを探す」から「答えを作る」に変わった瞬間がありましたね。机上の空論を重ねるのではなく、自ら手を動かし、売れるかどうかのリサーチを重ねることで、自分たちで答えを作るのだという意識に変わっていった。変わった後のスピードは、非常に早かったですね。自ら価値を見つけて顧客を創出して、実践する。コツをつかんだ後の皆さんのドライブのかかり具合に頼もしさを感じました。

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中西氏 当時は各チームとも、隙があれば集まって話し合い、考えていましたね。知見がない分野については社内の専門部署に意見を仰ぎに行ったり、アイデアのターゲットになりそうな人を社内で探して意見を聞きに行ったりと、能動的に動き回っていたのが印象的でした。

研究成果を事業成長につなげることが、研究所の存在価値

このイントレプレナープログラムでプロダクトのアイデアが提案されてから、Makuakeにてローンチされるまで、わずか1年。これまでにないスピード感で臨めたことで、荒木氏は「旧来型の価値創出モデルに風穴を開けることができた」と話す。

荒木氏 前述したとおり、研究員は普段「答えがあるもの」に取り組んでおり、リスクを取る、新しいことに挑戦するという経験をあまりしてきませんでした。そもそも、「答えのないものに挑戦しても、評価されないのではないか?」という疑問を持つ人が多く、なかなかコンフォートゾーンから出られなかったのだと思います。

今回、このような機会を得て、参加者が自ら挑戦すべく一歩踏み出し、実際にアイデアを形にして、ローンチまでできたことで、「一つ壁を破った」経験ができた。そして、こういう実例を見せられたことで、「自分もやってみたい」と手を挙げる研究員も増えてきました。
当社を含め大企業は、実績のない分野にはなかなか踏み出せない傾向にありますが、実績さえ作ればめっぽう強い。今回ローンチしたプロダクトは生まれたばかりのまだ小さいものですが、当社の研究部門を一から変革する大きなきっかけになりました。

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中西氏 「実際にプロダクトを世に出せた」という経験は重要です。このプロセスを踏めば、次もできるというのがクリアになりましたし、研究所全体に「こういうチャレンジがしてみたい」との思いを醸成することができました。

また、参加者は全員、このプログラムを通して「資生堂という会社の強みは何だろう?」「資生堂が定義する“ビューティー”とは何だろう?」と問い続けてきました。研究者としてのある意味「基本」に向き合い続けた経験は、大きな価値だと思っています。

小堀 研究者の皆さんは、たくさんの専門知識と素晴らしい実績をお持ちの方ばかりです。ただ個人的には、自ら市場に足を踏み出し「答えをどう作りに行くか?」を考えられる“起業家型研究者”が増えてほしいという思いがありました。なぜならば日本のメーカーには事業部や市場に評価をされずに研究所内で埋もれてしまう「価値ある技術」が数多あるからです。今回、皆さんの頑張りのおかげでそれが実現できたのではないかと思います。

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イノベーションは多産多死から生まれます。プロダクトをローンチして、マーケットからフィードバックを得られたものを「多産」とするならば、MISとしてはローンチまでのハードルをいかに低くするか、そしてマーケットと対話をして消費者が求める「価値」をいかにその商品に取り入れていくかをサポートしたいと思っています。来年、資生堂さんは創業150周年を迎えますが、今回の取り組みが仕組み化され、次の150年の歴史につながっていけば、こんなに嬉しいことはありません。

荒木氏 弊社の研究所では、今年に入りミッションを大きく変更しました。
「イノベーションを創出しよう」という思いは皆が持っていましたが、それを新たに「ミッション」として明確に据え、これまでの「研究成果=ゴール」ではなく、研究成果をブランド成長や事業成長につなげることが我々の存在価値であると定義し直しました。これを今後のスタンダードにすべく、経営戦略、事業部、そして研究所が連携を取りながら価値創出できるよう、組織体制も変更しています。

今回ローンチしたプロダクトは化粧品では難しい課題に挑戦し、資生堂が目指すビューティーイノベーションの好事例になったと思います。この経験を活かしつつ、新しい組織体制のもと、イノベーションの価値創出モデルをアップデートし続けたいと考えています。

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