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新規事業を生み出す土壌と人材を生み出したい――東洋紡とMISが実現した新しい社内改革の手法とは

繊維、フィルム・機能樹脂、バイオ、医薬など高機能製品の開発、製造を手掛ける東洋紡株式会社。同社では、新規事業の創出と次世代を担う人材育成を目指し、2018年より新プロジェクト「みらい人財塾」をスタート。そこにMakuake Incubation Studio(MIS)が加わり、Makuakeを活用した新しいプロダクトの創出を実現しました。
この「みらい人財塾」を運営する東洋紡の飯塚憲央氏と楠本敏晴氏に、このプロジェクトの取り組み内容、そして「事業を生み出しアウトプットする」ことへのこだわりを伺いました。

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【スピーカー】
東洋紡株式会社 経営企画部
 みらい戦略グループ マネジャー 飯塚憲央氏(写真 中央)
 事業開発グループ マネジャー 楠本敏晴氏(写真 左)

【ファシリテーター】
株式会社マクアケ 
 取締役 木内文昭(写真 右)

新規事業創出は命題、しかしそれを担う人材がいない

経営環境の変化に伴う事業の短命化を受け、新規事業の創出が企業の命題になりつつある中、「技術もリソースもあるのに、うまく新規事業につなげられない」という悩みを抱える企業が増えている。そうした企業に対してインキュベーション支援を行うMISでは、東洋紡で2018年夏より展開している「みらい人財塾」をサポート。第1期では4つのプロダクトをMakuakeに掲載し、そのうち3つのプロダクトが目標を達成している。

飯塚氏 当社も他社と同様、「将来の収益柱となり得る新規事業を生み出す」という大きなミッションを抱えていました。ただ、社内を見渡してみても、社員から積極的に「新しいことに挑戦しよう」という雰囲気があまり感じられませんでした。

中長期を見据えたチャレンジングな課題に取り組んだところで、すぐに成果が出るわけではないし、失敗する確率の方が高い。一方で、目先の自身の業務を完ぺきに行えば、評価してもらえる。「後者のほうがいい」と考える人が、いつの間にか大多数になっていたんです。

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当社は10年ほど前に経営危機に陥りました。当時は今を乗り切ることで精いっぱいで、将来に向けての種まきなんてほとんどできませんでした。そんな時代に入社した若手は現在中間管理職となり、組織を率いる存在になっていますが、彼らは「新しいものを生み出した」経験がないわけで、その下にいるメンバーも含め、新規事業に前向きになれない人が多いのはある意味仕方のないことでした。

とはいえ、このままでは、経営陣がいくら新規事業の創出を声高に叫んだところで前に進めない。皆の意識を変え、「チャレンジしたい」という機運を生み出すきっかけがほしいと思っていました。

楠本氏 私は3年前に東洋紡に転職してきたのですが、「自分はこれがやりたい!」と手を挙げるような、能動的な若手が少ないと感じていました。そこで、以前からお付き合いがあった木内さんに相談し、飯塚さんに「新規事業創出と、それを担う人材を育成するためにMISを活用する」案を伝えたところ、「単に頭の中で企画を考えるだけでなく、実際に形にして世に出すまでがゴール」という視点に共感してもらえました。

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木内 楠本さんから相談を受けたとき、MISとしてやれることは大きいと感じました。私は常日頃から「アウトプットされる仕組みがないと意味はない」と言い続けています。イノベーション研修などで、皆が新しいプロダクトについて話し合うのはいいのですが、最後にチームごとにプレゼンして終了、というケースがあまりに多い。実際に形にして、一般ユーザーに販売するところまでやり遂げてこそ、新規事業の苦労と楽しさを実感でき、挑戦する雰囲気が醸成されると考えています。

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MISには企画をアウトプットするまでの「パイプライン」がある

新規事業を創出し、新しい収益柱の芽を作りたいが、社内にその体制がないという課題を抱えていた両氏。初めにMISの仕組みを耳にしたとき、飯塚氏、楠本氏とも「現状が変わるのではないか、と希望を持った」と話す。

楠本氏 以前から、大企業には熱意を持っている人の「熱意の出しどころ」がないのでは?という懸念を持っていました。MISは、皆で一生懸命考えるだけでなく、形にして世に出すまでのパイプラインが整っている。それが一番の魅力でした。

飯塚氏 それまで何度かイノベーション研修をやってみたのですが、盛り上がりはするもののそれで終わってしまう。「その後」につながらないんです。試行錯誤したものの、いよいよ打ち手がなくなりつつあったので、MISの話を聞いたときはワクワクさせられました。なにより自分が参加したら楽しそうだし、盛り上がれそうだ。しかも物を世に出すというゴールもある。何かが変わるのではないかと思えました。

もう昔のことですが、東洋紡でもコンシューマ向けグッズを出そうという動きがあったんです。ただ、結局は経営陣が声を上げたものの、当時は「作ったところで売り場所がない」という懸念が強く、軌道に乗りませんでした。しかし、MISはMakuakeプロジェクトの実施がセットになっていて、実際に売る場がある。再挑戦する価値は大いにあると感じました。

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そして社員に、「自らの目標に向かって、毎日必死に、がむしゃらに働く」という経験をさせたいという思いもありました。仕事柄、スタートアップ企業の方と話す機会が多いのですが、皆さん自社の事業を成長させ、会社を軌道に乗せるために必死で頑張っている。そういう経験を、自社内で模擬的にできるのではないか、と。

「挑戦する」という意識を社内に根付かせ、広めたい

MISへの大きな期待感を胸に「新しい新規事業創出の手段」として「みらい人財塾」の構想を担当役員に提案したものの、初めは難色を示された。過去に、新規事業創出のためのワークショップを行ったり、大手企業のOBを読んでイノベーション研修を実施したりしたものの、成果につながらなかったことを指摘されたという。

飯塚氏 そのときマジックワードになったのが、「人材育成」。新規事業創出だけでなく、「若手に成功や失敗の経験を積んでもらうことで、挑戦することに対する意識を芽生えさせる」ことも訴え、理解を得ました。MISには、すでに大手企業による成功事例がいくつかあったので、仕組みを説明するのもスムーズでした。

楠本氏 「リアリティ」がこのプロジェクトの最大のキーワード。私自身もこれまでさまざまな育成研修を受けてきましたが、振り返ってみるとメリットは社内の友人ができたことぐらい。それはそれでいいことなのですが、考えるだけでなく「実際にMakuakeを活用して市場に売り出すこと」がゴールというリアリティが、濃密な時間を生み出し、ビジネスパーソンとしてより成長できる経験になると確信できました。

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木内 新規事業を生み出すまでは苦労が多いですが、試行錯誤しながらも真剣に意見を戦わせつつ事業を作り上げることにリアリティがある。人材育成が目的の研修ではなく、「アウトプットに照準を合わせ、それに向かって努力することで、結果的に人が育つ」という構図が最も有効だと思っています。それが東洋紡さんで実現できることになり、嬉しく思いました。

やりたいことを実現するため、自ら突き進めるように

そして、「みらい人財塾」がスタート。20人の定員に倍以上の応募が集まり、30人まで枠を増やした。参加者の平均年齢は35歳。6チームに分かれ、それぞれで新規事業のアイディアを出し合うことからスタートした。

飯塚氏 初日は、皆あっけにとられていましたね。ずっとスタートアップでやってこられた木内さんは、うちの社員からしたら明らかに宇宙人(笑)。いくらアウトプットの重要性を熱く説かれたところで、やり方なんてわからないから、最初は「えらいところに来てしまった…」と思った人が多かったようです。でも、迷いつつも手を動かし始めることで、皆が少しずつコツをつかんでいった感じですね。

木内 2018年の9月にスタートして、年内に4~5回ほどワークショップを行いましたが、年末ぐらいにようやく企画の形らしきものが見えてきました。

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皆さん、基本的な能力はとても高いんです。頭もいいし適応能力も高いのですが、大企業だとどうしても「大きな船の中」で働くことに最適化されてしまうので、スタートアップ企業のような「新しいものを生み出すことに必死になる」という思考に切り替わるまでには時間もかかるし苦労も大きい。その「思考の切り替えスイッチ」を入れてもらうまでは、苦労しましたね。

でも、スタートアップ企業にいたら、悩んで手が止まっている間にもキャッシュはどんどん燃えている。あくまで疑似体験ではありますが、いったんスイッチが入れば「真剣に臨まなければ、どんどん先に進まなければ」というモードになる。年を超えたあたりから、皆さん一気に変わってくださいました。

飯塚氏 そういえば、そのころから労務管理問題が出てきましたね。参加者の上司から、「うちのメンバーがいつまでも働いている。管理し切れない」とクレームが来たことも。

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楠本氏 年末年始のお休み中も、独自に集まって話し合っていたチームもあったようですね。働き方改革の流れから見ればよくないことなのかもしれませんが、「やりたいことがあるから、能動的に行動する」という状態は求めたい。…これは今後も考え続けなければならない課題ですが。

木内 皆さんがガラッと変わったのは、「反響が得られた」ことがきっかけだと思います。企画がある程度形になった後、グループインタビューや街頭アンケートなどでターゲット層へのヒアリングを行っていましたが、そのときにいい反応を得られたことで、がぜんやる気が上がったのだと思います。もちろん、消費者の意見はシビアで、実際にお金を出して買うかというと渋る人が多いのですが、その中でも「いい商品ですね、面白いですね」と言われると嬉しくなり、苦労を重ねてももっといいものに仕上げようという意欲が湧く。その経験を得られたことが、ターニングポイントになったと感じています。

6チーム中、4チームの企画が商品化され、実際に売り出される

この結果、6チームのうち4チームの企画が実際に形になり、Makuakeを通じて売り出された。肩の負担を軽減する多機能ビジネスリュック、高機能繊維によるドッグウェア、デスクワークが楽になる抱き枕型のクッション、吸湿発熱に優れたブランケット。いずれも、東洋紡の技術を活かした、コンシューマ向け商品だ。

残り2チームの企画も、形にはなっている。ポリエステル樹脂でできた合成紙でできた破れない樹脂を使った「カードゲーム」は社内のノベルティとなり、一般販売はされていないものの「汚れない、水辺などウエットな環境でも遊べる」と好評を得ている。もう1つの「抱っこひも」は、まだ社内の製品安全基準がクリアできていないが、今も製品化に向けて着実に動いている。

飯塚氏 第1期目の成果はまだ検証し切れていませんが、メンバーの成長は加速したのではないかと思っています。少なくとも以前に比べ、意見やアイディアを臆せずどんどん言うようになりました。

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今まで、アイディアがあっても自分の中にとどめていたという人が、とりあえず隣の人に聞いてもらったり、上司に話してみたりするなど、「一歩前に踏み出す」ことができるようになった。そして、相手の感想を聞いてまたアイディアを練り直し、ブラッシュアップする…1期生にその習慣が装着できたことは、当社にとって大きなメリットだと捉えています。

楠本氏 1期生の変化は、周りにもいい影響を与えていると思います。「楽しそうに仕事をしている」人が近くにいれば、周りのモチベーションも自然と上がります。実際、「〇〇さんがすごく楽しそうだったから」と、1期生の同僚が2期生として参加してくれたという例もあります。

飯塚氏 一方で、「しんどそうだから参加したくない」という声も一部にはありますね。普段の仕事をしながら、プラスアルファで参加するプロジェクトですから、当然しんどいし、特に企画が形になってから売り出すまでの後半はやることが山のように発生し、本当に忙しいと思います。ただ、だからこそ得られる喜びも大きいはず。

先日、テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」で抱き枕型のクッションが取り上げられましたが、チームメンバーが番組ホームページから「取材してほしい」と応募し、実現したそうです。「Makuakeプロジェクトの賛同者をもっと集めたいから、大阪駅でビラを配り認知度向上を図りたい」と警察署に掛け合い、許可を取って実際に朝早くビラを配ろうとしたチームもあります。残念ながら許可をとれた当日は雨で実施できなかったのですが。

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しんどいけれど、生み出したものに愛を持ち、「何とか世に送り出したい、そしてインパクトを与えたい」と本気で思えているから、もうひと踏ん張り努力できる。これらの商品が、当社の屋台骨に成長するのは難しいかもしれませんが、思いを持った社員が増えてくれたことが嬉しいですね。

アイディアを生み出すだけにとどまらず、リアリティを追求できた

これらの取り組みを振り返り、両氏は「MISに入ってもらわなければ実現できなかった」と語る。そして、これまでの成果をもとに今後の展望も広がりつつある…とも。

飯塚氏 コンシューマ向けの商品を開発し、かつ自社で販売して反応を見るなんて、当社単体では絶対にできなかった。もしMISと出会っていなかったら…もうほとんど打ち手は尽きていましたが、せいぜい大企業でよく行われているような「新規事業コンテスト」を開催して、社長賞を出して終わり、になっていたのではないでしょうか。実際に商品化することも、社員の「本気」を醸成することもできなかったと思います。MISのおかげで、アイディアを集めるだけでなくリアリティを追うことができた。

現在、第2期の途中ですが、第3期まではやりたいと思っています。1期目はそれなりのインパクトを社内に与えられました。そこでの反省点を現在2期目に活かし、さらにそれを3期目に活かすことでブラッシュアップされ、定着もすると考えています。それまでに、「みらい人財塾」を通して「自分たちの仕事は自分たちで決める」という意識を社内全体に広げていきたいと思っています。

楠本氏 私は今回の取り組みを機に、自社内に「アイディアから実際に事業を生み出すまで」のパイプラインを作り上げたいですね。現時点では、「みらい人財塾」そのものが新規事業の創出機関になるとは思っていませんが、少なくとも新しいアイディアを生み出すきっかけになっていますし、人が育つ土壌にもなりつつある。「みらい人財塾」が新規事業を生み出す「土台」になればと真剣に考えています。

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3期目には、社内だけでなく外部と協働して事業を興すとか、ビジネスアイディアをもとにベンチャーキャピタルから資金を調達するなど、新しい取り組みにも挑戦したいですね。これまでの経験をベースに、さまざまなスキームを組み合わせれば、もっと面白くリアルなものが生み出せるかもしれない。そんな期待を持っています。


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