日産自動車の2022年度から2023年度にかけての業績低迷をマーケティング理論で読み解いてみた
日産自動車はかつて、EV(電気自動車)のリーディングカンパニーとして市場を牽引してきました。しかし、2022年度から2023年度にかけて、業績が大きく低迷しています。この背景には、世界的な市場環境の変化や競争激化だけでなく、内部的な戦略課題も存在します。
本記事では、10年間の業績データを基に日産の状況を視覚的に理解し、マーケティング理論(イノベーター理論とSTP理論)を用いて課題を深掘りします。
2014年度から2023年度にかけての主な出来事と経営施策
日産自動車の過去10年間は、電気自動車(EV)のパイオニアとしての輝き、グローバル市場での挑戦、そして内部の経営問題や市場環境の激変に翻弄される時期でした。この期間における日産の主な出来事や経営施策を年度ごとに振り返ります。
<2014年度: EVのリーダーとしての期待>
■リーフの成功
EV市場でのリーフの成功により、日産は「EVの先駆者」として世界的な注目を集めました。この時期、環境性能を重視した新しい車両戦略が注目されました。
■ルノー・日産アライアンスの強化
ルノーとの提携を活用し、グローバルな販売体制を拡充。
<2015年度: 新興市場での拡大>
■インド市場への注力
ダットサンブランドを活用し、新興国市場への進出を強化。
■EVバッテリー技術の進化
バッテリーの航続距離改善に向けた研究開発を継続。
<2016年度: 業績好調と三菱自動車の連携>
■業績ピーク
売上高が11.4兆円に達し、過去最高を記録。
■三菱自動車への出資
燃費不正問題で苦境に立つ三菱自動車に34%出資し、ルノー・日産・三菱アライアンスを形成。
<2017年度: ゴーン体制の強化と内憂外患>
■ゴーン体制の深化
カルロス・ゴーン会長の指導の下でさらなる効率化を図る。
■北米市場の在庫問題
販売奨励金の増加によるコスト負担が収益に影響を与え始める。
<2018年度: ゴーンショック>
■カルロス・ゴーンの逮捕
ゴーン会長が金融商品取引法違反で逮捕され、経営の不透明感が増す。
■経営体制の混乱
アライアンス内の権力バランスに亀裂が生じ、経営効率が低下。
<2019年度: 経営再建の模索>
■新CEOの就任
内田誠氏が新CEOに就任し、改革を進める方針を発表。
■利益率の低下
販売台数の減少とコスト増加が業績に影響を与える。
<2020年度: コロナ禍の直撃>
■パンデミックの影響
コロナ禍によりグローバルな自動車需要が減少。売上高は9.9兆円にまで減少し、赤字を計上。
■「NISSAN NEXT」戦略の発表
EVへの注力と収益性の改善を目指す新しい戦略を発表。
<2021年度: 回復への兆し>
■「アリア」の発表
新型EV「アリア」を発表し、アーリーアダプター層へのアプローチを開始。
■北米市場での改善
モデルチェンジを進め、販売台数の回復を目指す。
<2022年度: EV戦略の加速>
■「Nissan Ambition 2030」発表
2030年までに23の新型電動車を投入する計画を発表。EVとハイブリッド車(e-POWER)を中心としたラインナップ強化に注力。
■営業利益の回復
2,470億円の営業利益を達成。
<2023年度: 業績低迷と課題>
■営業利益の急落
営業利益が329億円にまで落ち込み、前年から87%減少。
■中国市場での競争激化
BYDやテスラとの競争が激化し、販売台数が前年比24.1%減少。
■北米市場の在庫問題
モデルチェンジの遅れによる販売奨励金の増加が収益を圧迫。
日産の主な経営施策の評価
1. アライアンスの活用
ルノー・日産・三菱アライアンスは、グローバルな生産能力の向上に寄与しましたが、ゴーン逮捕以降はアライアンス内での調整が課題となりました。
2. EV戦略
「リーフ」の成功を基盤にEV戦略を進めましたが、競合の急速な台頭により、市場での存在感が薄れてきています。
3. 市場ごとの対応力
北米や中国市場での柔軟性を欠いた対応が、業績悪化の一因となっています。モデルチェンジの遅れや価格競争への対応不足が影響を与えました。
グラフから見る日産の業績低迷
以下のグラフは、2014年度から2023年度にかけての日産自動車の売上高、営業利益、純利益の推移を示しています。
売上高の推移
売上高は2016年度に11.4兆円でピークを迎えた後、下降傾向が続いています。特に、2020年度のコロナ禍で9.9兆円まで急落しました。その後、2022年度には10兆円まで回復したものの、2023年度には9.8兆円と再び減少しています。この売上の回復の鈍化は、日産が市場シェアを失いつつあることを示唆しています。
営業利益の推移
営業利益は2017年度以降急激に減少し、2020年度には赤字に転落。その後の回復は緩やかで、2022年度には2,470億円を記録しましたが、2023年度にはわずか329億円となり、前年から約87%も減少しました。この劇的な低下は、北米市場と中国市場での戦略的失敗やコスト構造の悪化が影響していると考えられます。
純利益の推移
純利益は2017年度以降急激に減少し、2020年度には671億円の赤字に転落。その後の回復も限定的で、2023年度には192億円にとどまっています。これは、日産が効率的に利益を創出できていない現状を示しています。
業績低迷の背景
日産の2023年度の業績低迷には、以下の複数の要因が絡み合っています。
1. 北米市場での販売不振
北米市場は日産にとって重要な収益源ですが、主力車種「ローグ」のモデルチェンジが遅れたことで、顧客からの信頼を失いました。この遅延により、販売奨励金(インセンティブ)の支出が増加し、収益を圧迫しています。2024年3月期第1四半期(4~6月)の営業利益は前年同期の1,285億円からわずか10億円に急減し、北米事業は209億円の赤字に転落しました。
2. 中国市場での競争激化
中国市場では、競合他社(例: BYDやテスラ)が積極的に新型車を投入し、価格競争が激化しています。2023年度の中国での販売台数は前年比24.1%減の79万4千台にとどまりました。特に、低価格車を求めるレイトマジョリティ層へのアプローチが不足しており、この市場での競争力低下が日産の収益に大きな影響を及ぼしています。
3. 為替変動の影響
円安は一般的に輸出企業にとって有利とされますが、日産の場合、部品の輸入コスト増加や海外生産拠点でのコスト上昇が利益を圧迫しました。この結果、為替の恩恵を十分に享受できなかったとされています。
4. インフレとサプライチェーンの課題
世界的なインフレやサプライチェーンの混乱により、部品調達コストや物流費が増加しました。これらのコスト増加が、日産の利益率にさらに悪影響を及ぼしています。
イノベーター理論での分析
イノベーター理論は、新製品や技術が市場に普及するプロセスを5つの段階に分けて説明する理論です。
日産の現状
【日産自動車の「リーフ」の成功】
2010年に発売された「リーフ」は、電気自動車(EV)の先駆けとして、環境意識の高いイノベーター層を中心にサポートを集めました。この層は新しい技術への興味深く、EVという新しい市場の立ち上げに貢献しました。「リーフ」はこの層のニーズに応えて、日産をEV市場のリーダーに押し上げました。
【アーリーチップ層への展開の課題】
次の層であるアーリーチップは、製品の性能やデザインに敏感で、社会的な影響力を持つ層です。 日産は「リーフ」の成功を受けて、2020年に「アリア」を発表し、アーリーアダプター層をターゲットにしました。しかし、以下のような問題が発生しました。
生産遅延: 「アリア」の市場投入が予定より遅れ、トレンドを重視する層の期待を裏切られました。
競合の台頭: テスラやBYDといったオンラインが同時期により魅力的な製品を投入したことで、日産の訴求力が弱まりました。
【アーリーマジョリティ層への訴え不足 アーリーマジョリティ】
層は、製品許容性や価格パフォーマンスを重視するため、この層の獲得には競争力のある製品と信頼性のアピールが重要です。障壁になりました。
モデルチェンジの遅れ: 主力車種「ローグ」のモデルチェンジが遅れ、この層への浸入性が低下しました。
価格競争力の不足:中国市場では、低価格帯のEVを求める消費者が多い中、日産の製品が価格面で競争に負けました。
【レイトマジョリティ層へのアプローチ不足】
レイトマジョリティ層は、製品が市場で定着した段階でまずは採用を考えます。この層へのアプローチには、安定した価格設定と市場での安定性が暫定ですが、日産は競争力のある価格設定が不足しており、これが市場シェア拡大の障壁となっています。
STP理論での分析
STP理論は、効果的なマーケティング戦略を構築するためのフレームワークです。
1. セグメンテーション(市場の分割)
日産は地域や価格帯で市場を分割しましたが、急速に変化する市場環境に対応しきれていません。
2. ターゲティング(対象顧客の選定)
北米市場では若年層や中流家庭をターゲットとしていましたが、モデルチェンジの遅れがこれらの顧客層に対する信頼を損ねました。
3. ポジショニング(市場での位置付け)
「環境性能」や「先進技術」を強調していますが、競合(テスラやBYD)の進化により訴求力が弱まっています。
結論
日産の2023年度の業績低迷は、複数の市場要因とマーケティング戦略の不備が絡み合った結果です。ターゲット層への適切なアプローチと、市場での差別化が鍵となることは明らかです。日産が迅速かつ柔軟にこれらの課題に対応し、再び市場のリーダーとして復活することを期待しましょう。
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