女性起業家であることに不満はないが、それにより私たちらしさが窒息をする
2022年7月 金融庁政策オープンラボより「スタートアップエコシステムの ジェンダーダイバーシティ課題解決に向けた提案」が公開されました。
とても大まかな概要になりますが、上記提案の内容は以下のような記載があります。
起業、会社化、資金調達に至る創業者・社長の女性割合はごくわずか
アクセラレーター、ピッチの場で女性起業家を支援する女性メンターの少なさ、男性優位
VCや資金提供者の女性特有の課題解決事業への未理解、後ろ向きな質問、育児をリスクと捉える
上場企業においても女性の役員比率はグローバルでも同等の少なさ
女性起業家の少なさ、支援や投資が少ない、理解不足という負のループがある構造的課題である
女性創業者のいる起業は男性のみの起業よりも高いパフォーマンスかつ長期的であるという結果もある
このレポートに対して、一部の投資家やアクセラレーター担当者は理解を示し、解決していかなくてはならない課題であるとされていますが、現状はより交差的かつ複雑に絡み合う課題があること、そして周辺の支援だけでない精神的・身体的なプレッシャーやハラスメントが多発していることを一部の女性起業家から伺っています。
そしてここからまとめていく文章がとても偏った情報になってしまうことを事前にお伝えしておきます...。私もその当事者であり経験者であるから。
金融庁の公開された報告書は、日本のスタートアップ界のジェンダーダイバーシティの課題について公にするとともに、これからの未来に挑戦しようとする人たちにとって茨の道を知る機会にもなり、さらには改善できる課題をあきらかにすることに寄与したはず。
それでも「文字」にされて、「公開」されることで、当時の被害を思い出し苦しむ当事者がいること、そして繰り返されるハラスメントや心理的不安に苛まれながらも挑戦し続ける人がいることなど、一人一人の全く異なる経験や想いが抽象的に昇華され、記号となって課題解決に繋がらないままシェアパフォーマンスに帰結されて終わってしまうような気がしました。
私たちは今回、あくまで個人的繋がりから女性起業家の仲間達に協力をしてもらい、アンケートをとり、実体験をもとにした現実をより多くの人に知ってもらい、「気をつけなくてはいけない」どころではない、いち早く改善しなければいけない問題であると伝えたいです。
この記事は、現在3社目の会社経営を行う女性起業家の一人である私、田中美咲と、10年来のソーシャルスタートアップ仲間であるaba代表 宇井吉美により調査・発信をします。私たちは、今後ジェンダー/セクシュアリティによる負荷や被害のない、そしてそこに関係なく誰もが自分が挑戦したいことにチャレンジできる未来を希望します。
また、本アンケートは安心して回答してもらえるように、回答情報について本人の名前・会社の公開可否、そして回答そのものの公開可否についても確認をしています。特に女性起業家は表立って発信することが多く、ほとんど全員が検索をすれば個人の情報が公開されていたり、過去の連携先なども調べるとわかってしまう状況から、情報公開することで更なる被害が起きうる可能性があります。その中でも公開に協力をしてくれた方、そして回答時にフラッシュバックさせてしまう中でも、この想いに賛同し、忙しい中で快く回答してくれたみんなに心から感謝します。
資金調達時にジェンダーを理由に困難があった経験があるか
金融庁の報告書で、特に目立って記憶に残るのが、独立・起業から会社化における女性比率の少なさもそうだが、なにより資金調達において割合は2%である点だと思う。実際に私たちのアンケートでは「資金調達時にジェンダーを理由に困難があった経験があるか」という問いに対して、4人に1人がジェンダーを理由に資金調達時に困難を経験している。
<調査項目>
資金調達時にジェンダーを理由に困難があった経験があるか
はい / YES 3
いいえ / NO 7
無回答 2
上記問いに対して、具体的に回答が可能な範囲で記入していただいたものを記載します。
男性であれば起こり得なかったとおもう、今思うとハラスメントであったという経験があるか
このアンケートをとる中で、一部の人に直接ヒアリングをさせてもらった。その時に本人から「アンケートを答えるまではこれがハラスメントだということに気づけなかったけれど、いざ回答しようと金融庁の報告書を読んで、たしかにこれはハラスメントだったのかもしれないと気づいた」と、実際は被害を受けていたけれどハラスメント意識がなく自覚していなかったというケースもあった。
さらに、自分自身が自覚なくハラスメントを受け、この機会をもとに気づいたもう一人の女性起業家からは「自分がハラスメントだと気づかずに声も上げず受け入れていたことで、男性側にここまではいいんだと勘違いさせてしまっていたかもしれない」という、被害者でありながら加害に加担してしまっていた可能性もあるという発言もあった。
<調査項目>
男性であれば起こり得なかったとおもう、今思うとハラスメントであったという経験があるか
はい / YES 8
いいえ / NO 4
「男性であれば起こり得なかったとおもう、今思うとハラスメントであったという経験があるか」という問いに対して、3人に2人はハラスメントを経験している。そしてその経験者の多くは身体に触れられたり、打ち合わせだと思っていたのにホテルに連れ込まれるなど、本人と加害男性の意識の違いから起きるものが多数回答されていた。
上記問いに対して、具体的に回答が可能な範囲で記入していただいたものを記載します。
女性に向けられたハラスメントは、女性側の意識/態度が原因の場合もあるとおもうか
私たちがアンケート調査を行う段階で、調査主体である田中・宇井それぞれが全く異なる状況であったことがこの最後の質問を生み出した。
私(田中)は、自分自身がハラスメントを複数回経験し、初めての起業からすでに10年が経つが、大小合わせると数え切れないほどの嫌な想いもしてきたこともあり、どちらかというと強くこれらを課題視している傾向がある。もちろん女性という属性を強みとして活動する人も多く(そして持ちうるものは活用していいとおもうのでそれを否定したいとは思っていない)、ハラスメントを受け入れる人もみてきているが、あくまで個々人の許容範囲は異なるものであり均一化・同一化するものではないと思っている。ただこの構造を生み出すのは当事者本人の責任ではなく社会構造に大きな課題があると捉えている。
一方、宇井はハラスメントを経験したことがなく(他者から見ればハラスメント行為だったとしても、宇井自身がその自覚がなかった場合もある)、むしろここ数年女性起業家は社会に"持ち上げられてきたと思う"と話す。実力以上の評価をされ、周りの期待が膨らみ、あろうことか自身も勘違いをした場面が何度もあったという。
そして自身が出産・結婚を経験し、さまざまな母親と話して思うのは、多くの母親は「母親なんだからこれくらいできなくてはいけない」「女としてこれくらいの家事育児はできて当然」「男性はどうせ助けてくれない」と、そもそも自分で自分の首を絞める見方をしているのではないかと考える。いくら環境が変わっても、女性自身が自分で自分を卑下していたら元も子もなく、この感覚は母親界隈に留まらず、ビジネスの場の女性にも一定数見られると考える。
この問いは一概にYES/NOでは答えにくいものだが、被害を受けた人本人でなくとも当事者属性にも原因はあるのではないか、そしてそれらをどのように捉えているかをアンケート回答者みんなにも聞いてみよう、と話した。
<調査項目>
女性に向けられたハラスメントは、女性側の意識/態度が原因の場合もあるとおもうか
はい / YES 3
いいえ / NO 4
その他 3
上記問いに対して、具体的に回答が可能な範囲で記入していただいたものを記載します。
女性に原因が「ない」と考える女性起業家の意見
女性にも原因が「ある」と考える女性起業家の意見
「その他」と答えた女性起業家の意見
被害はある。でも、私たちは女性起業家であることに後悔はない。
女性起業家は皆、被害者であると言いたいわけではない。回答にあるように、個々人の許容範囲の違いもあれば、そのループに加担している人も見受けられ、一概に白黒つけられる問題ではない。しかし、女性に対するハラスメントは明らかに存在し、そこに対して恐怖を感じる人がいるということも事実である。
以下、このアンケートに回答することで改めて感じたことや、希望を聞いたものを記載する。
"女性起業家"であることに不満はないが、それにより私たちらしさが窒息をする。
ここ数十年の間に、女性であること、起業家であることに対する発信の仕方は変わってきていると思う。#metooをはじめとして、D&Iやジェンダーバイアス、ハラスメントに関して異議を唱える権利を主張できる。本来は当たり前のように異議を唱え、改善をもとめられるべきだし、むしろ異議を唱えずにあれるほうがいい。
※参考
⚫︎ #metoo運動とは?
https://naruhodosdgs.jp/metoo_gender/
⚫︎ D&Iとは?
https://commonbeat.org/diversity/
⚫︎ 世界のD&I活動紹介ページ
https://www.vogue.co.jp/tag/diversity-in-design
しかし、発言力という力を持つ女性起業家であっても*自分の体験を自己責任論に帰結させたり、自分だけが我慢すればいいのだと口を閉じることを選択する人も少なくない。けれど、声を上げることにより社会が変わるその瞬間を私たちは何度も見てきた。それにより、声に出せることと、出せないことの境界線が変わったのは確かである。(*立場に関係なく声はあげやすく、挙げられるほうがいいが、ここでの意味は、女性起業家の多くは会社経営をする場合において多くのステークホルダーとの関係性があることや、その立場ゆえに影響力があることからも、一つの発言・発信が大きく社会に影響するという意味)
不満を持ち、呆れ、苦しみ、恐怖を感じ、そしてその置かれた状況に混乱し、思考停止し、幻滅する女性起業家は、いる。そして彼女たちは依然として制限と被害の対象となっている。
女性の選択肢は、キャリアをもつか母になるかの2つしかないなんて、そんなことは一切ない。出産や結婚によって事業にコミットできなくなると考えるバイアスも、家事育児を女性だけに任せる社会システムも、事業がうまくいかない理由は母として生きたからだと仮定することは、女性の多様性を消し去ってしまう。私たちは、もっと多様であり、全員違うはずなのに。
家父長制は女性を母の世界へと誘い、拡大成長を前提とする資本主義はわたしたちを男性主義的キャリア形成の中で絶えず成長させようとする。いつしか、男性か女性か、キャリアか母かといった二分法が作成され、女性が選択可能な選択肢を考える余白がなくなり、他人から人生の選択を狭められ、勝手に決められてしまう。
オルナ・ドーナト著の「母になって後悔している」にあった一文の「母」の部分を「女性起業家」に置き換えてここに残したい。
女性起業家だけがなんとかするものでは、ない
このレポートは、はじまりにすぎない。「あなたが選んだことだ、しかたがない」「自業自得だ」と今挑戦し続ける女性起業家と、これから挑戦せんとする女性起業家の口をガムテープで貼って、何も言わせないままでいいのだろうか。
投資家やアクセラレーターの方々は、株主や資金提供元からお金を預かっている以上、償還期間との戦いや、どうしても明確なROIとKPIに立ち向かい、短期的な利益を求めざるを得ないことも多々あると思う。
けれど、もし、中長期的な利益を待てる状態であれば、そしてもし短期的な成果だけでなく中長期的かつ世代を超えた未来や社会全体の生きやすさ、そしてよりよい未来を思う気持ちが少しでもあるならば、女性起業家が自身の事業に集中できないハラスメントやさまざまなプレッシャー、結婚や子供を持つことを望みにくい環境、サポートする環境や相談できる人・前例がない中で立ち向かおうとするその背中を押して、全力でサポートsit.....いやむしろサポートどころではなく、そういうことを女性起業家だけが負担するのではなくみんなで力を合わせていく必要があると思います。
万が一、起業家への問いの中で「妊娠出産、結婚の経験はありますか?」と聞くなら、その理由は、投資リスク軽減のためではなく、共に手を取り事業を理想の形にしていくこと、そして大切な人のことを思う気持ちを持って聞いて欲しいです。
そして私たち、すでに起業をしている女性たちは、個人の中で我慢をして終えることもできるけれど、次に挑戦するだろう未来の女性起業家たちの選択可能な選択肢を少しでも多く増やし、同じような事にならないように先につまずくだろう石をつみ、もっとチャレンジしやすい轍をつくれる存在なのだと思います。でも無理だけはせず、何かあればいつでも呼んでください、すぐ駆けつけるから。そして共にチャレンジし続けられる未来を作れたら嬉しいです!
Appendix / 本調査関連記事一覧
世界で活躍する女性起業家たちと、取り巻く環境への課題
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世界で活躍する女性起業家と日本企業の今後の課題
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なぜ、シカゴは女性起業家の比率が世界1位になったのか?
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20年で女性起業家は114%増、だがその理由は悩ましい。
https://ampmedia.jp/2019/10/16/chicago/
低価格でプログラミングを依頼すると男女の関係を求められたことも
女性起業家の壁「デートアプリに投資しても介護・育児アプリには塩対応」そんな男性起業家にどう挑んだか
https://president.jp/articles/-/57161
女性起業家の多い世界の国ランキング トップ20(日本はランク外)
https://sekainokigyoka.com/2020/11/03/%E5%A5%B3%E6%80%A7%E8%B5%B7%E6%A5%AD%E5%AE%B6%E3%81%8C%E5%A4%9A%E3%81%84%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%9B%BD%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%80%80%E3%83%88%E3%83%83%E3%83%9720/
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https://www.mastercard.com/news/ap/ja-jp/newsroom/press-releases/ja-jp/2022/04/220427/
起業の実態の国際比較
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2019/2019/shoukibodeta/html/b2_2_1_2.html