きみとわけ合うちいさな夏
春の日記です。
3月16日(土)
お昼から母が遊びにくる予定で、それまでに部屋の掃除を済ませておきたかったのだけれど、結局10時過ぎに起きてバタバタだった(なのに朝ごはんはしっかり食べた)。
差し入れに湯葉や豆腐、カニやホタテを持ってきてくれて、作っておいたカレーと一緒に食べた。パーティみたいにテーブルの上がいっぱいになって「調子に乗っちゃったね」なんて笑い合いながら、お腹がぱんぱんになるまで食べた。
今年一番の小春日和。せっかくだから外に出たくなって、近所を散歩をした。すてきなお店をいっぱい見つけて、2人できゃいきゃいして、側から見たら引っ越してきたばかりの人たちだったと思う。ケーキ屋でいちごタルトが(ほぼ)半額になっていたので勢いで購入。家に帰ってすぐに食べた。キルフェボンよりおいしかった。そうこうしていたら日が暮れて、18時すぎに母は帰っていった。
タルトがまだ半分残っていたので、夕飯を食べたあと、デザートにまた食べた。ずっとお腹いっぱいの一日。母と遊んで別れるとき、いつもお互いが見えなくなるまで手を振り合う。「やさしさ」って何?と考えるとき、いつもこの瞬間が頭に浮かぶ。
3月22日(金)
テイラー・スウィフトの『Mine』を久しぶりに聴いたら好きになり直してしまって、一日中かけながら過ごした。高校のときによく聴いていた覚えがあるのだけど、どうやってこの曲と出会ったのか全く覚えていない。高校生の頃が一番洋楽に触れていた気がする。あの頃のわたしに小さく感謝する。
3月23日(土)
最後の文章教室へ行って、雰囲気のいい居酒屋で打ち上げをした。メンバーのひとりであるおじいさまが、かつて某プロチームのスカウトを受けるくらいサッカーの才能があったにも関わらず、怪我をしてその道をあきらめたことを話してくれた。途中で「いや、もうやめておこう。この話をするとダメなんだ」と言って、なんともいえない、切ない表情をしていた。
もう70歳になるらしいけれど、何年経っても残り続ける後悔がやはりあるらしい。それでも彼が今、とても楽しそうにお酒を飲み、おいしそうにご飯を食べ、時々気がついたように「幸せだなあ」とつぶやく姿に涙が出そうになった。その「幸せ」には、いろんなものが混ざっているように見えた。
3月28日(木)
芽衣ちゃんが家に遊びにきてくれた。萬来軒でお昼を食べて(はじめてお店の名前を認識した。何度か行っているお店でも、いつも店名を覚えられない)、夕方までうちで過ごした。
これまで家にきてくれた人の中で一番、本棚の中身に興味を持ってくれた。気になった単行本を手に取ると、一話を試し読みして(この時間が結構おもしろかった)、「読んでみよ〜」と言って棚に戻していく。その動作が愛おしかった。わたしの内側にやさしく入ってきてくれた感じがして、すこし照れ臭さもあり、しかしやっぱり興味を持ってもらえることはうれしかった。
2人で少女漫画のPOPを描いて遊んだ。いくつになっても少女漫画が好きだよね、なんてほとんど17歳のときと同じ会話をして、すごく幸せだった。関係を続けていくには意志が必要だから、その意志の緒みたいなものをきゅっと締めなおす日だった。
3月30日(土)
12時から下北沢で観たい映画があったので、急いで掃除と洗濯を終わらせ、チャリで出発した。劇場まで向かう途中、ダウ90000の忽那を見かけて「どわっ!」となったが、こういうときわたしは声をかけられない側の人間で、それにちょっと落ち込む。もったいない性格だと思う。
映画のあとは広栄屋でそばを食べた。ここではいつもお会計のときにおまけのお菓子がもらえる。このお店を好きな理由のひとつだ。もらったチョコを頬張りながら帰路につき、そういえば広栄屋に行く日はだいたいいつもあたたかくて、春のにおいがして、映画のワンシーンみたいなんだよなあ、と思い返す。
4月1日(月)
世の中は新年度を迎える日にも関わらず、友だちの五十嵐くんと朝からパンパーティをした。近所のパン屋で買ったパンを持ち寄って一緒に食べるという非常にすこやかな会。すでに何度か開催しているが、バイトのシフトみたいに10〜12時と時間が決まっていて、毎回ちゃんと12時ぴったりに解散する。彼はいつも必ず食器を洗って帰ってくれるので、ありがたいなあという気持ちで踊り出しそうになるのをこらえながら隣で皿を拭く。
五十嵐くんは近所に住んでいるので、家に遊びにきた回数がダントツで多い。本当はもっとおすすめの漫画を読んでもらったり、何かたいせつな話をしたりしたいのに、パンにすべての気持ちを持っていかれてしまうのでいつもそれどころではない。ひとつのパンを食べ始めてから食べ終えるまでずっと、「うますぎる」という気持ちを、表現をかえて言葉にするだけの時間を過ごしている。帰り際には毎回、パンを食べるしかできなかったことを悔やんで「ちゃんと漫画を読んだりする日をつくろう」と言うのだけれど、そんな日は来ないような気がしている。
「世は新年度を迎える日だってのにやれやれ俺たちは…」みたいな会話をしながら、一緒に部屋を出て、解散した。わたしは今、人生でいちばん春が好きだった。
4月2日(火)
病院へ行ったついでに下北沢のアンティークショップに寄ったら、可愛いグラスを見つけた。お会計をしながら「何を入れたらいいだろう…」と妄想を膨らませ、見た目も可愛いし、クリームソーダがいいかも、と思い立った。
近所のスーパーにメロンソーダがある確証がなかったので、下北周辺で探すことにする。帰路をたどりながら、まいばす、自販機、ローソン、セブン、ファミマをのぞいてみたが、しかしどこにも売っていない。メロンソーダって探そうとすると意外と売っていないのだ。こうなるとわたしも意地になってしまうタイプなので、今日は天気もいいし、特にやることもないし、見つかるまで探そう、と近所を駆けずり回った。
その後、10軒目くらいに入った100円ローソンで見事発見。1リットル108円という破格のメロンソーダしかなくて「正直こんなにいらない…」と思いつつも、仕方がないので購入する。カゴの中に増えた1リットル分の重さに自転車の車体を右往左往させながら、アイスのためにスーパーを経由して、温まってしまわないうちに帰った。
グラスにメロンソーダを注ぐと、シュワシュワとまぬけな音がした。その上に大さじ一杯の軽量スプーンですくったバニラアイスをどかどかと乗せる。陽の当たる窓際でお手製のクリームソーダをぐびぐび飲みながら、「おいしいね」と言って、ぬいぐるみと小さな夏を分け合う。
4月3日(水)
面接の日がだいたい雨。晴れの日は縁起がいい、なんていうわたしの呪いのような願かけを吹き飛ばすように本当にいつも雨で、なんならビル風に煽られて傘が折れかけたりもした。人生、想定外のことばかり。晴れの日に受けた面接だってあっけなく落ちる。
面接が終わって、なんかあんまりうまくいかなかったのでなんのやる気もなくなった。しかし眼科の予約を入れてしまったから帰るわけにもいかず、サンマルクカフェで時間を潰した。お茶がしたい、というよりも、読みかけの本を読み切ってしまいたい、という理由で店に入る。文字を目で追いかけながら、おもしろい、と、多分落ちたなあ、という思考が此岸と彼岸みたいに行ったりきたりしていた。
帰ったらすっかり夕方で、凝った料理を作る気にもなれず、なすと鶏ももをポン酢とめんつゆで和えてチンしただけのやつを食べた。片付けは面倒くさくて、本当に何もしたくなくて(面接の日はいつもこうなる)、何もしないで寝た。何もしないで寝るとき、なぜかいつもぬいぐるみに一言謝ってから布団に入る。
4月7日(日)
昨日友だちと遊んだとき、左手の親指にお試しでマニキュアを塗ったので、そこだけゴールドにかがやいている。人といた証なのでなんだかまぶしい。たのしくて、好かれたかったから、爪を見るたびあの時間が恋しい。