ほんとはナンパ ついていきたい
友だちと青山で夕飯を食べた帰り、久しぶりに若い男の人からナンパをされて「お、やったー」とか思う。べつに遊びたいわけではなく、今までナンパについて行ったことがあるわけでもなく、それでも声をかけられるとやっぱりちょっとうれしい。
交差点の信号を待つあいだ、自分からこんなに低い声が出るんだ、ということにびっくりしながら、特に内容のない会話をつづける。
わたしの格好を上から下までじっくり眺めた彼が「仕事?」と聞いてきた。
ジャージの下にフリフリのスカートを履き、小さいショルダーバッグを肩から下げているだけのわたしを見て、なぜそう思えたのかはわからないが、ここ数か月間働かずにだらだらと過ごしているものだから、つい口籠もってしまった。「いや、べつに…」と曖昧に濁して逃げ切る。
しかしわたしの右手には就職祝いに友だちがくれたガーベラが一輪ぶら下がっていて、それはもうハッピーで身軽な見た目をしているのだから、どこからどう見ても仕事帰りではない。たぶん消去法で社会人と認識されただけだ。まさかナンパした女が無職とは思うまい。
「もう帰るの?」と聞かれて「はあ」と返事をすると、「こっち、駅と反対方向だよ?」と言われたので「チャリで来てるから」と返したらなんか変な空気になった。だからごめんなさい、わたしは終電を逃せないのです。
彼のわたしに対する関心が、少しずつ薄まっていくのが目に見えてわかった。信号が青に変わりかけるタイミングで「で、どうする?」と聞かれて「帰ります」と答えると、彼はマジックみたいにパチンと消えて、わたしは後ろから押し出されるようにスクランブル交差点の中へと放り込まれた。人生に一度でいいからナンパ、ついていってみたかったなあ。
たとえばゴスロリファッションをするとか、自分の車を買って友だちを乗せるとか、お酒を飲んで人に迷惑をかけてみるとか、これからまだ全然やれるようなことでも、一生やらないとわかっていることがたくさんある。
ナンパを振り切ったあと、あのときついていっていたら、なんて、もしものことをつい考えてしまう。未練があるわけじゃないけれど、なれなかった自分のことを想像して、わたしはいつも切なくなる。
渦のなか 意味を持ったきみの顔 ほんとはナンパついていきたい