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掌編小説『マカロニグラタンの恋』#シロクマ文芸部

 初めてのキスは16歳の冬。それは高校に入学して、最初にできた彼氏との記念すべき初デートの日。ふざけ合うように、じゃれ合うように交わしたキス。ランチに彼氏と食べたマカロニグラタンの味がした。ほのかに香るバターとミルクの匂い。微妙な沈黙と暗黙の了解。気まずいけれど嬉しくもある緊張感。腕を強くつかまれて、あなたの瞳を直視できなかった。

『ほら、こっち向いて』
『やだ、恥ずかしい』
『ほら……』

 照れくさいキスの後で、冬の砂浜を散歩した。

『もう、待ってよ』
『早くおいでよ』
『ゆっくり歩いて』
『そっちが遅いんだよ』

 取り残されたような寂寞たる風景。散らばっている流木。風、また風の歌声。情熱のエスプレッソと冷めた珈琲を交互に味わうようなギャップが私のちいさな胸をますます掻き乱したのだった。

 今となっては淡い想い出だけど、当時の一面トップはいつも彼のニュースで満ちていた。踊る見出しに一喜一憂する私。彼はたくさんの『初めて』を教えてくれた。初めてのラブレター、初めてのデート、初めてのキス。ミルクチョコレートみたいな恋への憧れは、ほろ苦いビターチョコレートの現実へと変わっていった。口に残るほろ苦い後味。やがて新聞は配達されなくなった。
 そして春が来て、あたらしい恋をして、夏が燃え盛って、ひとつの恋が落ち葉のように舞い落ちて、またひとりで冬の砂浜を散歩する。疲れたらいつものカフェで休憩する。それが私の失恋記念日の定番コースへとなっていった。
 二人がけのソファに座って、マカロニグラタンをひとつ注文する。熱々のマカロニをフォークで突き刺して、ふうふう冷ましながら、ぱくりと頬張る。

『あちっ』

 今ではマカロニグラタンは、一番の大好物で得意料理になった。地味に手間がかかる。でも小麦粉とバターとミルクで作る手作りのグラタンが大好き。私は猫舌なのに、熱々の冬の食べ物が大好きで、いつも火傷するのだった。

『あちちっ』

 不器用な恋の方面も、なかなか進化しない。いつも熱々のマカロニグラタンに誘惑されて、うっかり舌を火傷する。そしてヒリヒリした舌で後悔する。それなのにまた香ばしい焦げ目がついたマカロニグラタンが食べたくなる。懲りない猫舌娘は繰り返す。

 親友のAは会う度にこう聞く。

『ねえ、最近、誰かとキスした?』
『してなーい』
『一番のキスの想い出ってある?』
『ふふふ、あるよ』
『何?意味深。思い出してたな』
『秘密ー!』

 そしてお酒を酌み交わしながら、深夜までキス談義は続く。親友はいつも誰かとキスしていたいらしい。でも私はここぞ、という時に、愛している人とだけ交わしたい。キスは何度しても、舌に相手の温度や匂い、感触が残る。
 映画に出てくるフレンチキス、情熱的に舌を絡めるディープキスも覚えた。けれど一番の想い出は、ファーストキス。マカロニグラタンの記憶は、舌に彫られたタトゥーのように今も刻まれている。

#掌編小説
#初めての
#シロクマ文芸部

小牧部長、明けましておめでとう御座います🎍
お久しぶりのシロクマ文芸部参加です。
小説練習中。


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未来の味蕾
サポートを頂けたら、創作、表現活動などの活動資金にしたいです。いつか詩集も出せたらいいなと思います。ありがとうございます!頑張ります!