Movie 11 不屈2/『イップ・マン』 シリーズ
以前、インド映画『RRR』の感想で、映画の中で描かれた大英帝国のワルっぷりに「実際、英国の人はいったいどんな気持ちでこの映画を観たんだろう」と思った、ということを書いた。
意外と早く、それを実感するときがやってきた。
Uネクストで何気なく観た中国の映画『イップマン 序章』。
ブルース・リーの師匠にして詠春拳の達人、イップ・マンの伝記的エンターテインメントだ。いや、史実とはかなり違うようなので、100%エンターテインメント作品なのだと思う。
観始めたら止まらなかった。
ネタバレというほどネタバレもなく私の拳法愛しか書いていないが、ストーリーに触れているのでネタバレありとご承知おきを。
私は子供の頃から「拳法の達人」に弱い。
そりゃあ拳法の達人を前にしたら誰だって弱いと思うが、そういう意味ではなく、LOVEなんである。だから「拳法の達人」のアイコンであるブルース・リーもケンシロウもジャッキー・チェンもチャウ・シンチーも好きだ。大好きだ。
武侠小説の大家・金庸の小説とテレビドラマシリーズも大好き。『射鵰英雄伝』は特に好きだ。最近、三部作のうち最後のシリーズがどうやら近年新しく制作され、いよいよ配信されたらしいという情報を得た。観なければ!『射鵰英雄伝』は好きすぎてDVDと小説を持っている。洪七公と欧陽鋒の一騎打ちなんて忘れられない名場面だ。そういえば金庸の小説の伝説の無敵の武術家といえば独孤求敗。イップ・マンのイメージにちょっと被る。
ブルース・リーの良さは、最初はよくわからなかった。映画を観るより前に「アイコン」としてのブルース・リーを知ってしまって、当時からネタ化されていた部分もかなりあったので、ちょうどリアルタイムで映画が次々公開されていたジャッキー・チェンのほうが親しみがあった。
お正月になると毎年恒例のようにジャッキー・チェンの「酔拳」が深夜放送されていた時期があって、眠い目を擦りながら必ず観ていた記憶がある。
そんなわけでブルース・リーの映画を観たのは、『北斗の拳』にハマった後だ。『燃えよドラゴン』『死亡遊戯』を観て、いやもう、リアルタイムで劇場で観た人が映画館からの帰りにヌンチャクを買い求めたとか奇声を発していたとかいろいろな話を聞いていたが、よくよくその意味を理解した。
ブルース・リーリスペクトのタランティーノの映画『キル・ビル』も楽しんで観た(いろいろごちゃまぜだったけど、あのごちゃまぜ感も好き)。
正直、拳法以外のスポーツ系格闘技はそれほど好きではない。ボクシングも、レスリングも、空手も柔道も相撲もムエタイも全然興味がない。暴力沙汰とか殴り合いとかほんとに勘弁してよと思う質だ。カーアクションも拳銃の打ち合いも戦争モノも好きではない、いやむしろ嫌いかもしれない。
にもかかわらず、拳法の何がそんなに私を惹きつけるのかはわからない。前世に関係があるのかもしれない。とにかく徒手空拳で、全身および「気」を使って繰り出される妙技の数々に憧れる。実利的な格闘とか武道ということ以外に、学問的でロジックな側面とファンタジックな側面があるのだと思う。水滸伝とか西遊記とか、仏教と儒教と神仙が入り乱れる感じがたまらない。
憧れるあまり、陳式太極拳を実際に習いに行ったこともある。なぜ陳式かは語ると夜が明けるのでやめておく。陳式の師匠はみんな超個性的でただ稽古に行って話を聞いているだけで面白かったが、結局引っ越しによってすべて短期間で途中で頓挫してしまった。型も覚えずへなちょこのままニャルマーからプニャットになってしまったから今さらもうどの師匠にも合わせる顔がない。あのまま続けていたらたぶんずっとニャルマーでいられたはずだ。
まあ、本当に好きならひとりでも稽古を続ければいいだけなのだからつまりは飽きっぽいのだ。きっと前世では、中国拳法の盛んな寺にいて、修業が嫌で逃げ出したんだと思う。わりとくっきりそう思う。私の一生をどこかで眺めている存在がいるとしたら、謝るしかない。すみません、今回の人生も愛でるだけで習得ならず。ダメっした。さーせん。
そんな与太話はともかく、イップ・マンが伝説の武術家で「ブルースリーの師匠」であり、ブルースリーがイップ・マンの詠春拳を発展させて截拳道を開発した、くらいの知識で、気楽な気持ちで『イップ・マン 序章(2008)』を観た。
そして、ガツンとやられた。
『RRR』も不屈の精神にやられたが、この『イップマン』シリーズもまさに「不屈」の話なのである。
『イップ・マン 序章(2008)』から『イップ・マン 葉問(2010)』『イップ・マン2 継承(2016)』『イップ・マン3 完結(2019)』まで、ドニー・イェンが主役の4シリーズが、たぶん「正統な」イップ・マンシリーズ。
そのほかにも実は『イップ・マン』の外伝などが山のようにあって、『イップ・マン 序章(2008)』のヒットで二匹目のドジョウや三匹目、四匹目を釣ろうとしたのだろうが、残念ながら外伝系はどれも面白そうではないので、観ていない。
唯一、『イップ・マン2 継承(2016)』で出てきたライバル、チョン・ティンチが主役になったスピンオフ『イップ・マン外伝 マスターZ(2018)』だけはちょっとだけ観てみたいと思った。マックス・チャン演じるチョン・ティンチ(役名)は、『イップ・マン2 継承(2016)』でもキレキレのアクションでカッコよかった(だから外伝が出来たのだと思うが)。
そもそも、続編のある映画で面白いものというのは、なかなかない。
私の独断と偏見から、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を超えるシリーズはないと思っていた。とにかく最初から最後までぶっちぎりで面白い作品で、なおかつ1作1作が単体でも際立って面白いというのはなかなかないものだと思う。
最初の作品から年月が経って役者が年を取るということもあるし、ストーリーじたいが後付になってしまい面白くなくなるということもある。映画会社や監督が変わるとすっかりダメになるパターンが多いような気がする。
そんな中。そんな中!
『イップ・マン』シリーズは傑作だと思う。
序章から話がうまくつながっているし、一貫性があり、ひとつひとつの作品が独立して面白い。
普段は物腰柔らかでエレガントな葉問。美人で超絶スタイルのいい若いころの中山美穂似の妻と可愛い子がいて、謙虚で孤高の雰囲気を纏っている。ものすごく若くもなければイケメンでもない(ドニー・イェンさんすみません)。
しかしひとたび「いざ」という場面になると無双である。相手が剣だの斧だので向かってきても、木の棒一本で相手を屈服させてしまう。もちろん殺さない。とにかく10人だろうと100人だろうと不敗である。
ドニー・イェンの立ち姿に惚れる。
アクションもすごいが、とにかく立ってるだけで「只ものではない」雰囲気が出るというのがすごい。
小柄で、決してケンシロウやラオウみたいに強そうな見栄えではない。でもそこにいるだけで、漫画だったら挑戦者がゴクリと唾を飲み込んだり「こいつ・・・普通じゃねえ」みたいなセリフが入る感じ。外国人の場合は大抵は侮って「ヘイ、ユー」みたいに挑発してくるのだが、そうするとあからさまに相手に死亡フラグが立つ感じ・・・伝わるかな。笑
史実のイップ・マンのことは、よく知らない。映画ではヒロイックな誇張があるのだろう。史実ではどうも愛人もいたみたいだがそこは割愛されていて飽くまで奥さん一筋の愛妻家として描かれているし、子供も何人もいたはずだが2人しか登場しない。感動を呼ぶストーリーの関係上、いろいろと物語にそぐわない不都合な事実は出てこない。
でも、少なくとも映画としてのストーリーは見事だった。
映画のイップ・マンは武術家として中国拳法に誇りを持ち、自分の確固たる信念があるが、考え方は柔軟で人に強制しない。そしてなにより、決して外からの圧力に屈しない。差別に屈しない。相手が金持ちだろうが巨漢だろうが外国人だろうがなんだろうが、戦いを挑んできた相手には立ち向かう。そしていつしか敵が味方になり、篤い友情と信頼を置く・・・そんな男前なHEROとしてのキャラクターが確立している。
ちなみに『イップ・マン 序章(2008)』と『イップ・マン 葉問(2010)』は武術指導がサモ・ハン・キンポーだ。
ジャッキー・チェンといえばサモ・ハン・キンポー。語りつくせぬ当時の名バイプレイヤーだ「デブゴン」だ。『イップ・マン 葉問(2010)』には出演もしていて、サモ・ハン・キンポーの演技が観られる。これは見逃せない。実際、ドニー・イェンとサモ・ハン・キンポーの対決は見ごたえたっぷりだ。
武術の達人同士の達人同士にしかわからない力のせめぎ合いがたまらない。そういう演出が滅法上手だった。
さて、冒頭の「RRRを英国人が観たらどう思うんだろう?を実際に味わった」というお話。
『序章』では、盧溝橋事件から始まった日中戦争下で、まさに『RRR』の大英帝国と同じようにかの地を占領し、支配下に置いていたのが大日本帝国。イップ・マンの憎しみは我々日本人にまっすぐ矢のように向けられている(実際のイップ・マンも日本人には絶対詠春拳を教えるなと言い残しているらしい)。
この時の日本人将校(池内博之さん)との対決が『序章』のメインなのだが、池内さんと対決するまでにもう、えげつないほどの日本軍の暴虐の限りが尽くされていて、日本人として「ああ~」とため息をつきたくなるようなシーンが続く。中国から観た大日本帝国。まさに『RRR』のアレだ。
不自然な言語で演じられると気がそがれてしまう映画というのがある。これはまさにそういうタイプの映画だが、序章から完結まで、外国人はちゃんと当該国の比較的名のある俳優さんが演じている。
池内さんは、空手の有段者で上官という設定で他の軍人とは一線を画し、イップ・マンに敬意を払いながらも、隠された差別意識が出ていて脚本が上手いなあと思った。で、彼との対決を観ながら、『RRR』を観る英国人の気持ちをたっぷり味わった。史実を思うといたたまれない気持ちもあるが、エンタメとしての映画では、完全にイップ・マンに感情移入しているから、池内さんがやられまくっても溜飲を下げてしまう。
そうかこういうことか、と思った。
序章で日本人と対決。次の『イップ・マン』はイギリス領香港だったのでイギリス人ボクサーと対決(これがワルいヤツ!)。『イップ・マン2』では米国人悪徳不動産屋(マイク・タイソン。悪役だけどあんがいイイヤツ)と対決。完結編ではブルース・リーに招待されてアメリカに赴き、サンフランシスコのチャイナタウンの武術家集団や、アメリカ海軍と対決している。
敵対する相手の国籍と規模がどんどん変わる!歴史!笑
ちなみにブルース・リー役のチャン・クォックワンはすごく良かった。ブルース・リーファンも納得するブルース・リーだったと思う。カンフーハッスルの斧頭会のリーダーのあの人だったとは最初全然気づかなかった。山田康雄の真似をしていたクリカンくらいリーっぽかった。
リー弟子入り志願の日の煙草のシーンも印象深い。
イップ・マンは実際かなりのヘビースモーカーだったようで、劇中でも常に煙草を吸っている。この時の問答は、リーの「水理論」に影響を与えているようなシーンだった。
完結編では、思春期の息子を持て余す父親として悩むイップ・マンが描かれる。妻をがんで失い、自身もがんに侵されながら、息子の将来を案じるイップ・マン。アメリカで差別の中で生きる中国人の現実を見て帰国したイップ・マンが、本当は武術家になりたい、武術を教えて欲しいという息子にひとこと言う。
完結編では中年になり病を得てロートル感が隠せないイップ・マンだが、信念は一貫している。とにかく相手の国籍や立場がどうであれ、自分の信じたことは断固として主張し不正に立ち向かう。その姿は堂々としていて余裕と貫禄がある。
「自信」というのは、なによりも「自分を信じる」ことだ。虐げられようが差別されようが、尊厳を失わないことが人間にとって最も大事なこと――
そう言えるのもまた「自信」があるからなのだろう。なにかひとつにひたむきに打ち込んだ人は自信を持てるし、自信は公平で公正な精神とその人の生き方を支えるのだなと思った。
余談だが、完結篇でのライバルである中国人会会長は「太極拳」の使い手で、「太極拳VS詠春拳」は個人的にムネアツだった。太極拳いいわぁ、やっぱり。笑
映画4本分をまとめたから、ということもあるが、こんなに書き連ねたのにまだ書き足りない。笑
そもそもワイヤーアクションの作り物感が嫌いなかたにはお勧めはできないが、中国武術の各流派の型が勢ぞろいでリアル天下一武道会。そして異種格闘技戦。カンフー映画は数あれど、シリーズまとめてこれはというものにはなかなかお目にかかれないものなので、ご興味のある方はぜひにとお勧めしたい。少林拳から派生したと言われる攻守バランスにすぐれた詠春拳の拳の連打と棒術(&八斬刀)は圧巻。必見だ。