【読書】 JR 上野駅公園口 / 柳美里
上野恩賜公園で路上生活をする、一人の男。東北の出身で、故郷を捨て、かつて出稼ぎででてきた上野に流れ着き、ホームレスとして暮らしている。農村の貧困と出稼ぎ、家族の死、天皇との不思議な共通点、地域から断絶されたホームレスの暮らし、東日本大震災。綿密な取材によって生まれるリアルな描写に、この男の人生がフィクションとして折り重なることで、深い悲しみと衝撃が、絶えず心に響いては、何度も何度も、琴線を打ち鳴らす。
重いテーマだった。今まで、平和ボケをしていたと自覚する。衝撃と混乱と悲しみと感動と、ごちゃごちゃの感情にまぎれながら、なんとか読了した。
完成した模範の読書感想文フォーマットで感想を書けるほど、残念ながら頭の中を整理しきれないので、読んでいる最中に想起した、個人的に印象深い、二つのエピソードを、ここに書き残しておく。
【新宿駅のホームレス】
大学受験で東京に来た時に、新宿駅に行ったことがある。大きな本屋さんに行ってみたかったからだ。紀伊國屋書店だったと記憶する。その時、上智大学を受験したので、乗り換えアプリで調べて、中央線で四ツ谷から新宿へ、期待を胸に向かったのだった。
新宿駅到着後、勘を頼りに歩いていたため、どこで道を間違えたのか、いつの間にか、ホームレスのコヤが複数並ぶ通りに足を踏み入れていた。10個くらいのコヤが並んでいたと記憶する。高架下なので、ここなら雨を避けられるのだろうと思った。
段ボールの上で、毛布にくるまって眠る人間の姿をみた衝撃と恐怖を、いまも忘れられない。
危険なところに来ていることは分かったが、どうしても目を離さずにはいられなかった。初めてホームレスの存在を知ったのだ。なんで、こんな日本にも、路上で生活をせざるを得ない人がいるなんて、素朴に、信じがたかった。
ひとりのおじさんは、突っ立っている私の存在に気づいていたと思うのだが、完全に無視をしていた。「お前とは、違う。」という分断の視線が、怖かった。どうしてホームレスになったのだろうか、とか、色々な疑問はあったのだが、知ってはいけない、聞いてはいけない、そんなタブー感を暗黙裡に理解した。
ホームレスの方は、世界に対して無関心で、そこを通る者たちに危害を加えるようなことはないんだろうと、その時に直感的に判断した。一方で、ホームレス狩りという、人権無視の、路上生活者に危害を加える事件があったことは小説の中で知った。さらに、山狩りという、上野恩賜公園に天皇が来る前に、そこに暮らすホームレスに一時的に立ち退きを命じる行事のこともまた、小説の中で知った。
【明仁さま・美智子さまを見たことがある】
それはまだ平成だったころ、大学から上野まで向かおうと東大病院付近を歩いていた時、とある横断歩道の前で、お巡りさんに「ここを通らないでください」と言われた。
なんで?え、なんで?え、え、なんで?爆破予告でもあったんか?まあ、お巡りさんに言われたのならしょうがない。面倒だが、ちょっと遠回して愛する上野の地へ向かうとするかと思っていたら、そこにいた年配の夫妻が「今からここを、天皇陛下が通るのよ。ちょっとここで待っていれば、姿を見られるわよ。」と教えてくれた。
この世には天皇陛下の追っかけがいることを、初めて知った。
せっかくなので、少し待っていると、高級そうな黒塗りの車を遠くに視認。あれだ。あれに天皇陛下が乗っている、とすぐに分かった。その威厳を感じた車が、我々が待機していた横断歩道付近にやってくるなり、ゆっくりと減速して、窓がひらき、果たして、車内の天皇陛下ご夫妻の姿が現れた。
テレビで見たのと全く同じ印象の、柔らかなほほえみをたたえて、眼前の15人くらいの国民に対して、想像通りのしぐさでもって、手を振っていた。これが日本国の象徴か、と思った。過去には大きな権力を有し、政治にも介入し、歴史的にさまざまに変容を重ねながら、いまや日本と日本国民の幸せを祈っている、日本国の象徴か、と急に教科書の単なる文字が、実態をもって身に迫ってきた。
おっかけの夫妻は旗をふって喜びを表していた。