タスク整理は心の整理
私は、「real local 郡山」というローカルメディアで学生ライターとして活動しています。詳しくはこちら。
この前も取材をし、今ガシガシと記事を書いています。
取材後、記事を書き、編集長にアドバイスをいただきながらよりよい記事を仕上げるために校正を繰り返していく、という段階を経ていつも記事が完成します。今日は、アドバイスをもとに修正した記事を提出する予定の日でした。
無事に提出し、よし、ひつとタスク終了~と、ToDoリストにチェックをつけた今、気分転換がてらnoteを開きました。
さて、今日はこのこと、「タスク整理」について書こう。
タスクとは
そもそも「タスク」ってなんぞや。というところから。
「タスク」は英語の「task」。「仕事、課題」なんて意味があります。
ビジネスの場面でよく使われるみたいですね。
いつから私がこのことばを使うようになったのか分かりませんが、結構頻繁に使います。
私は「やらなければいけないこと」「やるべきこと」を「タスク」と呼んでいます。
「今週はタスクが山積みだ~」みたいな使い方ですね。
タスクが山積みになると
私は今、それなりにいそがしいです。
やらなければいけないことがたくさんあって、やりたいこともたくさんあって、常に両手が埋まっている状態。まあ「いそがしいは幸せ」なんですが。
タスクは心の負担になる?
でも、やっぱり手一杯になると、心に余裕がなくなるんですよね。
「期日までに終わるかな」とか「徹夜しないとかな」とか不安にだってなります。
小さい「タスク」1つだったらそこまで負担にはなりません。
15分あれば終わるような授業の課題とか。
それが大きくなっていくとともに、心への負担も大きくなっていくと思います。まあそのタスクが、たとえば1か月間くらい時間がかかるものだとしても、それだけだったらそんなに負担でもない気がするんですよね。だって、そのことだけ考えていればいいんですから。他に何も考えなくていい。
でも生きていて、やるべきことが1つしかない状態なんてほぼほぼありえないですよね。中学生だって、国語の課題、数学の課題がそれぞれあるし、委員会活動、部活動、いろいろ抱えてますもん。
この、いろいろな方向のいろいろなものを抱えている状態がいちばん心に負担がかかると思っています。
実際私はそうでした。前回からいそがしいいそがしい言ってるけど、何がそんなにいそがしいのよって思う方、ごめんなさい。ひとつひとつ説明するときっとすごく長くなります。とりあえず、私は今いろーんなことしてます。
いろいろな方面からの「タスク」が山積みになると
いろいろありすぎて、どこから手をつければいいのかわからなくなって、
もはや暇。
みたいな状態に陥りました。
実際暇ではないので、とりあえずなんとなく、今日明日くらいのことだけ考えてちょこちょこタスクをこなします。
「こなす」なんてことばはしっくりきませんね。
タスクから解放されようと無理矢理それなりの形をつくり上げるというか。
なんとか今日を生き延びる感覚。
これがすごーくストレス。
なんとか今日を生き延びても、明日はやってくるもん。新しいタスクが迫ってくる。またなんとか生き延びて、の繰り返し。
ようは、ゴールの見えない迷路。自分が今どのへんにいるのかもわからない。どれくらい進んできたのかも覚えてない。みたいな。こりゃあ不安にもなりますよ。
迷路を地図に変えよう
今、私はゴールの見えない迷路にいるんだな、と気づきました。でも、それに気づいてしまえばもうこっちのもんです。
迷路を地図に変えてしまえばいいのです。
なんのこと?
これが、「タスク整理」のことです。
私が何をしたかというと、とりあえず抱えているタスクを全部書き出しました。
まずはおおまかに。いつまでに完了させるのかも含め。
そして、それを並べてみる。
そのおおまかなタスク完了のためにそれぞの細かい通過点を決めていく。
この時期までにはこの段階にいたいな。とか。
このころは、これで手一杯だろうから、これは先にやるべきだな。とか。
並べ終えたら、時系列ごとに手帳に書き出しました。
これで私の地図の完成です。
複数の目的地を決める。そこに到着するまでの道を描いてみる。
ここまでくれば、もう大丈夫。
まずはどの目的地に行こうかな。
どの道を通ろうかな。
現在地はここだから、歩きでも間に合うかな。バスに乗ったほうがいいかな。
あ、途中ここに寄らなきゃだもんな。とか。
見える見える。ゴールと現在地、道筋がくっきりと。
タスク整理は心の整理
ゴールと現在地がはっきりと見えたら、もう心がすっきり!
こわいものなし!あとはやるだけ。まあ、その予定どおりにこなすというのもまた難しい問題なのですが。。。
タスク整理がこわかった
ようは計画性の話ですよね。計画性なんて小学生のときから言い聞かされてますから、何をいまさら、って思う方もいるかもしれません。
私だって、この「タスク整理」は今まで何回もやってきたことです。
ただ、色々抱えていたわけがわからなくなったとき、タスクを書き出すことがこわかったんですよね。「うわ、こんなん無理じゃん」ってなる気がして。山積みのタスクを可視化したら、余計心に負担がかかると思って。
でも真逆でしたね。可視化することによって心が軽くなりました。「うわ、このあたりやることいっぱいだな」って思うことはたしかにあるんですが、それをわかっている状態って大事だと思っていて。
自動車学校に通っていたとき、事故が起きないのが1番だけど、「やばい!後ろの車に衝突される!もう逃れられない!」と思ったら、グッと構えなさいって言われました。それだけで受けるダメージ変わるからって。
これとおんなじな気がします。
「やばい!いそがしくなる!」って見えてたら構えられますから。
それが大変か大変じゃないかはいったん置いといて、心へのダメージは変わると思います。急に忙しくなったらそりゃパニック起こしますよ。
そこまでやる!?くらいのタスク整理をしよう
今までもタスク整理はしてきましたが、最近の私のタスク整理は進化しています。今までは、おおまかなチェックリストをつくるだけ。進化した今は、その中身1個1個をとにかく細かく細かく整理します。
たとえば、大学で、後輩と一緒に進める課題とかがあるのですが、「後輩にやることを指示するLINE送る」とかもタスクの1つとしてしっかり書き出します。なんなら、「あとでこれやろう」と思いついて、1時間後にこなすことでも手帳に書き出したりします。それで、終わればチェックつける。ちょっとでも目に見える形にするのがポイントだと思います。「やった感」ありますしね。
いいことしかないじゃん、「タスク整理」
タスク整理すると、意外と「すきま」があることに気づきます。
今までも、気分転換にYouTubeを見たり、LINEマンガを読むことだってありました。でも、なんとなく罪悪感。友達と遊ぶのにも、「忙しくてちょっと」って言ってしまうことも。遊んでいてもやるべきことが頭から離れない、そんな状態。
でも、タスクを整理して、心が整理された今、「すきま」もはっきり見えるように。罪悪感なく「すきま」を楽しめています。のんびりゆっくりする時間があって、友達と話す時間があって、どんどん心がゆたかになっていく。これでもっともっと頑張れそう。
よし、次のタスクにとりかかろう。