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親を反面教師に思うのは不幸なのか?

この記事は2024.9.30の音声配信を文章にしたものです


反面教師にしていること

わたしは自分がアダルトチルドレンだと気づいてから、両親を反面教師にしようと努力するようになりました。

例えば私の場合ですが

・過干渉(将来のことも含めて何でも先回りして決めるなど)
・家庭が穏やかではなかった(いつも穏やかな家庭は難しいと思いますが、それでもいつも空気が悪く心が休まる場所ではなかった)

そんなことがあり、親になったら自分の家族には受け継ぎたくないと思いました。

「親を反面教師にする」というのは、アダルトチルドレンの人の一つの大きな特徴でもあると思います。

反面教師にしたいという思いは特別ではない

ただ、それはアダルトチルドレンの人に限ったことではない、というのも最近ふと思ったんです。

親が子どもに接するとき、気をつけていても、少なからず親の影響は入ってきます。
良くも悪くも、親の経験に基づいて子育てをすることになるでしょう。

その経験を子どもに無理に押し付けたり決めつける(子どもに悪い影響を与える)ことはアダルトチルドレンの元凶になり得ますが、
それを除いても、
子育ては一回きりなので、自分がこうだと思ったことをするしかなくて。
何通りもの方法を試すことはできないですよね。

なので(その子育てが正解かどうかは関係なく)、子どもからすれば
親にしてもらったこと以外のことが羨ましくなったり “たられば” に思うことも、自然なことなのでは?と気づきました。

不幸でも、幸せになる可能性を持っている

わたしは今まで、親を反面教師に思うのがすごく不幸なことだと思っていました。

でも、不幸に感じるのは自分が受けたキズの中身に過ぎなくて、
誰でも自分が大人になって親を見たときに、いいところも悪いところも両方気づくのは別に特別なことではないですよね。

完璧な親だって一人もいない。
私自身、親になったからこそ気づけたんだと思います。

だから、親に対してもまた視点を変えて考えられるようになりました。

自分が負っているキズは決して肯定できるものではありません。
でも、今までずっと「自分は不幸だ、不幸だ」と思いながら過ごしてきた自分も恥ずかしく思いました。

親になったからこそ気づく側面や解釈が自分の中で広がり、自分自身がラクになれることもあるんだと思えたし、それはまた一つの成長として捉えたいです。

敵対心ではなく自分の成長に目をむける

わたしは反面教師という言葉に、親への敵対心すら感じていました。

でも、なんで親を反面教師にするかというと、自分を変えたいから

前向きに決意しないと、そういう気持ちは湧いてこないです。

だからもっとそんな自分を認めてあげて、
つらい経験もこれからの自分の幸せのために活かすべきだな、と思います。


わたしたちはこれからも自分自身と長く戦っていく必要がある、だからこそ
その決意をエネルギーに変えていけるといいですよね🏃‍♀️


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