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となりの扉【ショートストーリー】

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ちょっとしたワンシーンをつないでみる小説 キーワードでくっつけながらのお題目小説といった感じです。
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#短歌

ハニージンジャー【短編小説】扉⑬

ハニージンジャー【短編小説】扉⑬

となりの扉⑬  【subtitle 貴奈のすきな人】

「眠れない夜とかってある?」

バイト先の社員浩介から、ふとしたタイミングで話しかけられる。
ちょうど喫茶店のお客さんが途切れた、箸休めみたいな時間だ。

「そりゃあるよ」
いくつか年上だが、それほど年も離れておらず、大学生の私にとっては話しやすい友達みたいなものだ。

「気になる子がさ『眠れない夜に贈る15の魔法』っていう本読んでて、大丈夫

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ライク ア モモンガ【短編小説】扉⑭

ライク ア モモンガ【短編小説】扉⑭

となりの扉⑭ 【subtitle 圭の不思議なミルクチョコレート】

好きな人がいる。
僕にはそんな気持ちが、まだよくわかってなかった。



友人の浩介はめっちゃ美人!と、浩介がゆずらない女性とついに恋に落ちたのだそうだ。

「ハニージンジャーが効いた思う。
いや、俺の魅力が効いたのかもしれない。」

独演会を続ける浩介を、そっと見守る。
いつものことだ。
感情が出やすくわかりやすい。

「で

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ヒダマリとネコ【短編小説】扉⑮

ヒダマリとネコ【短編小説】扉⑮

となりの扉⑮ 【sub title 翔平の先生という肩書き】

キャリアに漠然と不案を抱えていた。

不景気の匂いしかしない大学生の頃、
興味があるかどうかより、就職から逃げるために大学に行った。

どこもかしこも似たような人が集まり、
志のあるものもいた。
だが、世間の荒波というものに、早々と呑まれた。

仕事はあればよかった。
なくても、世間ってやつはひどいものだという愚痴のひとつにしかならな

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うさぎの鳴く声①【小説】

うさぎの鳴く声①【小説】

なぜ私の物語はいつも突然始まるのだろうか?

「お姉ちゃん、トマトが死んじゃう!」

トマトは死なない。
寝ぼけた頭で受話器から聞こえる妹の声にツッコミを入れる。
トマトが死ぬと言うのなら、潰れた時、もしくは誰かに食べられた時。
今日は休みだから、夜に実家に寄るねといらない情報を前もって流しておいたのがよくなかった。
休みの日に夜更かしからの、遅めのモーニングの予定を入れてはいけないのだろうか。

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うさぎの鳴く声②【小説】

うさぎの鳴く声②【小説】

ウサギのトマト

君は今、何を感じているのだろう。

この世に生を受け、幼くして親元から離れ、住まいも変わり、今キャリーバッグの中で1人苦しんでいる。
まだ小さいだろうに。

妹から託されたウサギのトマトの事を思うと、主観的に感じずにはいられない。
思ったところで、動物の運命は人間の手に委ねられている。
そう今は私の手に委ねられているのだ。

ハンドルを握る手にジワっと緊張感が走る。
ちょっとだけ

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うさぎの鳴く声③【小説】

うさぎの鳴く声③【小説】

「今週末空いてないかな?」
母からのメッセージにため息をつきつつ、返事を返す。
「なんかあったの?」
せっかくのお休みは、せっかくのお休みとして使いたい、ささやかな抵抗。
「トマトの動物病院、お願いできないかと思って」
ついこの間起き抜けに、八百屋の配達員かのように、動物病院に早朝配達したと思ったけど、もう2週間。まだ動物病院に通ってるのか。
子供に罪はないというけど、ウサギのトマトにも罪がないと

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うさぎの鳴く声④【小説】

うさぎの鳴く声④【小説】

若干の抵抗感を見せながら、うさぎのトマトは軽い診察と飼い主への問診を終え、本人は健康診断へと向かった。
血液診断などを年に一回した方がいいそうで、今回はその用事らしい。
健康のためとはいえ、トマトは何をされてるかよくわからないだろうから、ウサギも獣医も大変だなと思う。

私は獣医にはなれないな。
目指したこともないけど、動物が好きだから獣医にはなるはずなのに、その動物から嫌われてしまうとはつくづく

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うさぎの鳴く声⑤【小説】

うさぎの鳴く声⑤【小説】

ウサギのトマトの動物病院通いに付き合うようになってから、以前よりも街中で出会う動物に目がいくようになった。
そんなことなかったのになと思っていると、塀の上で木の影に隠れて偵察中の猫を見つける。
猫は見つめる立場で見つめられるなんて思ってもないのか、立ち止まって視線を向けた私に驚いて、塀の向こうに消えていった。

猫には猫の人生があって、猫には猫の幸せがある。飼っているなんて勝手なことをいっても、そ

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うさぎの鳴く声⑥【小説】

うさぎの鳴く声⑥【小説】

「お姉ちゃんが人に相談するなんて、はじめて聞いたかも」
奈々からのメッセージにはそう書かれていた。

ウサギは声帯的に鳴くという行為ができないのだそうだ。
鳴くことができない代わりに、鼻を鳴らしたり、足を鳴らしたり、身体の動きで感情を表現するのだそうだ。

感情はそこにないのではなく、伝えていいのかわからないだけだから。
もし、この感情を声に乗せて表現してしまったら、空気に触れさせてしまったら、突

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