ハニージンジャー【短編小説】扉⑬
となりの扉⑬ 【subtitle 貴奈のすきな人】
「眠れない夜とかってある?」
バイト先の社員浩介から、ふとしたタイミングで話しかけられる。
ちょうど喫茶店のお客さんが途切れた、箸休めみたいな時間だ。
「そりゃあるよ」
いくつか年上だが、それほど年も離れておらず、大学生の私にとっては話しやすい友達みたいなものだ。
「気になる子がさ『眠れない夜に贈る15の魔法』っていう本読んでて、大丈夫かな?って思ったんだよね」
「あ、そうなんだ」
淡々とそう返しながら、乙女心を打ち砕く不届きものだなと、心の中で毒づいた。
気づいてないんだろうなとは思ってたけど。
私は浩介に好意を抱いていた。
とは言っても、大学生と社会人。子供扱いしかされてないのかもな、なんて考えていた。
好きな人できたんだ。
たまに思うのだ。
自分はこの好きだという願いが叶うのが怖いんじゃないかって。
例えば自分の好きになった人に好感を持って、あー、この人と一緒にいたいって、そんな願いが叶うことが怖いんじゃないかって。
叶えてしまったら、この恋が壊れてしまうんじゃないかって。
じゃあ、壊れてしまえばいいいのにって、恋心を手の中に持っていることが、耐え切れなくて潰してしまいたくなるんじゃないかって。
そんなことを考えながら、彼の言葉に応えられる答えを探していた。
便利で都合のいい女…なんて。
頭の中をかすめていく皮肉を込めた言葉と一緒に。
「愛のメッセンジャー貴奈からのプレゼントです」
言いながら浩介の前に、お店で売っている希釈用のハニージンジャーのボトルを前に置く。
「眠れないなら、身体を温めるのがいいんじゃないかと思って。この間相談してたでしょ?彼女が寝れなくて、困ってるって」
小さな失恋のショックで、その時は思いつかなかったが、好きになってもらえなくても良い感じの人ではいたかった。
潰したくても潰し切れない思いがある。
人の思いに応えたい気持ちがある。
いつも私の好きな人は、私の横を通り過ぎて可愛い子の横に立ちたがる。
それでも、世界の幸せを願わずにはいられない。
「買ってくださいよ。まだそれ売り物だから、そんな優しくないんで」
好きな人の恋のお世話して、お金まで払うほどには割り切れない。
ささやかな抵抗だ。
浩介は不思議そうな顔をしながら、ハニージンジャーのボトルを受け取る。
「ありがとう。あと、めちゃくちゃ優しいじゃん!」
笑いながらそういう浩介に、ちょっと悪い気はしなかった。
けど、だから私はダメなのだ。
与えるばかりで、愛を受け取れない。
ちょっと切なくなった。
壁にもたれながら、小さな恋心を胸の中でギュッと抱きしめた。
あれから、特に浩介さんから報告も相談もない。
そもそもあまり話しているタイミングもない。
人生なんて、そんなものだ。
引き止めなきゃ、大切なものはすーっと流れていってしまう。
そんな気持ちも忘れてしまったある日、カウンターで大きな本を開きながら、熱心に眺めている人がいた。
何となく店に馴染みのない感じが何となく気になった。
まだ若そうで、特に飾り気のない男性だった。
あまり品がよくないと思いつつも、彼の持っている本に目がいった。
図鑑のような大ぶりのその本は、
可愛かった。
写真集なのだろう、表紙にはモモンガらしき生き物が写っていた。
視線を感じたのか、持ち主がこちらを見上げた。
馴染みのある人だった。
「あ、お久しぶりです」
そう声をかける。
浩介さんのお友達、圭さんだ。
🔚
前作↓
↑浩介の話
あとがき
話だけは書き切っていたものを、長々お休みしているうちに、なんとなく考えてちょっと見た目を変えてみました。
ほんとになんとなく、話を表現する詩とか短歌とか入れてみたくなって、今回から入れてみました。
ぼんやりと今後どうしようかなってとこが、なんとなく出てきたので、ちょっとだけマイナーチェンジ。
続き↓