【掌編小説#15】遺伝子拡散求ム
わたしの推しは超国民的アイドルグループの1人だ。東京ドームに5万5千人集めるライブでもチケットの抽選はなかなか当たらない。
何十倍にもなる倍率を勝ち抜いたとしても後方席で、彼は米粒ほどにしか見えない。それでも良い。同じ空間の中で同じ空気を吸っている。遠くても彼が目の前にいることは確かで、彼が生きていることを確認することが出来る。
わたしはずっと彼を見続けると決めたのだから。
そんな彼が結婚した。すでにお相手は妊娠しているという発表もされた。ネットはファン同士の小競り合いで荒れている。
「ファンに対する裏切りだ!」
「彼の選択なんだから尊重するべきよ!」
どちらの意見も意味がないと、わたしは遠い目で見ている。
そんなわたしは思わず歓喜の声をあげ、心が跳ねるような衝動に突き動かされた。彼の遺伝子が引き継がれるのだ。どんな女と結婚しようとも関係ない。遺伝子を残してくれるなら、それでいい。
わたしは一生賭けても彼に直接会うことは出来ないだろう。でも彼の遺伝子が引き継がれ、そしてどこまでも拡散していくことで、彼の遺伝子とわたしのどこか、見えない部分がいつか密かに絡まり合う刹那が訪れるかもしれない。
それはわたしが残した遺伝子が何世代も先に交わるという遠い未来の話かもしれない。だが、天文学的確率だとしても、その確率がほんの少し増えたことがわたしの心を救ってくれるのだ。
そのあり得ない日を、無限に続く夜の中で、ただ夢想するだけでわたしは満たされるのだ。
わたしはもっと、もっと、彼の遺伝子が、どこまでも、この世界の隅々まで限りなく拡散していくことを望んでいる。だからこそ――それが、それだけがわたしの唯一の願い。
〈完〉
【解説という名の言い訳】
掌編小説15作目です。今回は私の彼女さんが推しのアイドルに対して普段から言っていることを多少の誇張を入れて制作しました。なので原作は彼女さんになるかもしれません。改めて文字にしてみると、こんなにも狂気的だったとは…怖いですね〜(笑)
私はそんな彼女さんを変な人だと思っていて、本人もそれを認めるところですが、実は私もそんな彼女さんに常に変な人と言われています。でも、改めて文字にしてみると、私はこんなに狂気的な人間じゃない…(笑)
どことなく村田沙耶香さんの作品に出てきそうですよね。
ちなみに、彼女さんは相変わらず私の創作物に興味がなく、この作品も見ることはないでしょう。だからこそ、自由に書けているのかもしれません。
仮タイトルは『推しの遺伝子』でしたが、某『推しの◯』と被るのが気になって『遺伝子拡散求ム』にしました。ちょっと気にし過ぎたかもしれませんが、このタイトルも気に入っています。
『アイドルを推したことがない者』
ミノキシジルでした。