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建築批評:望洋楼(設計:川添善行)/風景に分解されるコンクリート
MACAP代表の西倉です。
普段は建築設計、およびユーザー行動のリサーチをしていますが、
その一環として、建築作品の批評文を執筆しています。
批評文を通じてその建物の価値を発掘し、
僕自身が他の方の作品から知見を学ばせていただくとともに、
設計者さんやオーナーさんのお仕事にとってプラスになることを意図しています。
本記事は、福井県の三国にある旅館「望洋楼」の建築および商業施設としての批評文となります。
建築設計:空間構想(代表:川添善行)
内装設計:SH ARCHITECT & DESIGN(代表:原田周子)
望洋楼はいわゆるラグジュアリーホテルと言われるクラスの宿泊施設ですが、
宿泊費以上の洗練されたユーザー体験を提供してくれるだけでなく、
ちゃんと建築として優れた、社会的にも意義のある設計をされていると感じました。
・望洋楼の紹介
・宿泊施設の矛盾を解消した、新しい宿泊体験と建築形式
・地域の文化や資源を肌で感じることのできるデザイン
・ラグジュアリーホテルがもつ公共性とは?
01. 日本海に沈む夕陽を眺める体験(望洋楼の紹介)
望洋楼は日本海沿に建つ、7室の小さな料理旅館です。
「料理旅館」とは、ご存知の通り「美味しい料理がウリの旅館」のことで、
日本全国各地に存在します。
宿泊客にリラックスしてもらいながら自慢の料理を食べてもらうため、
「部屋食」
つまり、客室に直接食事を提供するというオプションがついていることが多いのが料理旅館の特徴で、
望洋楼も例に漏れず、
建て替え前の木造建築物の時も
建て替え後も共通して、
この「部屋食」を宿泊体験の根幹に添えているようです。
建て替え後の望洋楼は鉄筋コンクリート造の建物で、
バックヤード以外の全ての部屋が西側の日本海に大きな窓を持つよう設計されています。
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そのため、ホテルにチェックインする夕方ごろになると、
日本海に沈む美しい夕陽を全ての客室から拝むことができます。
逆に言えば、部屋からの風景はただただ日本海が広がっているだけ、なのですが、
夕陽だけでなく、行き来する船、釣りやボートを嗜む人たち、潮の満ち引き、真っ暗な海と星空など、
時刻の変化によって、海は意外なほどに豊かな表情を魅せてくれます。
![](https://assets.st-note.com/img/1732151113-xD62P1FEKltXHq3GvJoMmLO5.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1732151113-uPnhkYUB1Lg4w6izcFTa2C7V.jpg?width=1200)
また、海風による塩害によってコンクリートが劣化しないよう、
かなり注意を払い設計・施工されたことも、この建物の特徴です。
その点に関しては、詳しくは設計者である空間構想のウェブサイト(下記)をご参照ください。
02. 宿泊施設の根本的な矛盾
ところで、料理旅館の部屋食には根本的な矛盾が存在します。
それは「料理が美味しくなくなってしまう」ということです。
食事を取るダイニング(飲食店ならホール)は通常、
キッチンのすぐそばにあります。
キッチンで作られた料理を運ぶ手間や時間を省くためであり、
ホテルに限らず飲食店や住宅でも当てはまるプランニングの常識です。
しかし、この常識は料理旅館の部屋食には当てはまりません。
なぜなら、食事をする客室全てをキッチンの近くに配置するのはほぼ不可能だからです。
そのため、多少冷めても大丈夫な料理であること、など、
部屋食で提供できる料理は制約が発生してしまい、
厨房が有する本来の力を十分に発揮できません。
では、
「料理を部屋で提供することを諦めて、レストランで食事を提供する方がいいのでは?」
と思われるかもしれません。
実際、一般的なホテルはそのような空間構成をとっていますが、
これはこれで宿泊体験と食事の体験の間にちょっとした矛盾が発生します。
客室は基本、プライベートな空間であることが理想ですが、
では宿泊と連続する食事や入浴などの体験はどうでしょうか?
もし宿泊体験全体を総合的に洗練されたものにしたいのであれば、
食事や入浴などの宿泊に伴う個々の体験も、宿泊と連続したプライベートなものになっている方がベターでしょう。
他方、レストランや大浴場は多くの人と空間や体験をシェアすることになるので、少なくともプライベートとは言えないでしょう。
大浴場やレストランが劣っていると言いたいわけではありませんが、
他の宿泊客の存在を排除できない限り
大浴場やレストランは、プライベートな客室と矛盾したプライバシー設定になります。
(矛盾したプライバシー設定を受け入れたり、矛盾自体を活かした宿泊体験の提供もあり得るかもしれませんが、その話は一旦おいておきます)
浴室は部屋付きにすることは可能ですが、
食事に関しては上述の通りそう簡単ではありません。
食事のクオリティか?それともプライベートな空間体験の洗練か?
料理旅館に顕著なこの矛盾は、
ホテルなどの宿泊施設一般が抱える根本的な矛盾と考えることもできるかもしれません。
03. 矛盾を解決する新しい建築形式
宿泊施設の抱える矛盾に対して、望洋楼の運営者と設計者が取った手段は
客室を2つに分ける
というものでした。
望洋楼には全部で7つの客室が用意されていますが
それぞれの客室に対応するように7つの専用の「小部屋」が設けられています。
この「小部屋」はどれも、客室本体よりも出入口や受付カウンター近い配置になっており、
望洋楼に到着すると、まずこの部屋に通されチェックインの手続きをします。
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同じ価格帯の宿泊施設、レストランと比較しても、料理のレベルはかなり高い。
写真の通り、宿泊用の部屋よりも大きくて象徴的な開口が日本海側に開かれており、
望洋楼における宿泊体験の導入として、この小部屋が設けられていることがわかります。
また同時に、この小部屋は厨房にも近い配置になっており、
レストランで厨房からホールへ料理がサーブされるように
スムーズに食事の提供できる動線計画となっています。
そのため、料理旅館に顕著だった、
「厨房が有する本来の力を十分に発揮できない」問題は
この動線計画によって解消されますし、
事業者視点で言えば、料理を運ぶ手間を大幅に削減することもできます。
さらに、この小部屋はダイニングやレセプションルームに機能が限定されておらず
ワーケーションのためのスタディルームとしても利用することができるなど、
24時間ユーザーが自由に使うことのできる部屋になっています。
つまり、宿泊客はプライベートな異なる個性を持った客室を2つ与えられているということになります。
これによって、一般的な宿泊施設で見られる
「宿泊体験と食事体験の、プライバシー設定における不一致」という矛盾も
解決できています。
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そのため、「小部屋」はハナレにもう一つ部屋が追加されたような印象を受ける。
料理旅館が本来志していた
「プライベートな空間で」
「美味しい料理をふるまう」という
2つのコンセプトをより良く実現した結果、
「2室の異なる個性を持った客室を宿泊客に提供」するという
宿泊施設一般が持つ矛盾を解消する建築形式に至ったということになります。
04. 自然文化に溶け出すインテリア、インテリアに溶け出すコンクリート
2つの客室を行き来しながら宿泊するとなると、
部屋と部屋の間にある動線空間がどのようになっているかも重要です。
宿泊施設において廊下などの動線の内装は単価が下がりがちの部分ではありますが、
望洋楼においてはかなり力を入れて設計・施工がされているように見えました。
![](https://assets.st-note.com/img/1732149091-0tz4TvYKwUnJu8dAaIhi61GX.jpg?width=1200)
内装にかけられているエネルギーと技のレパートリーが凄まじい。
内装の仕上げ材は、1F廊下床のクリの木や壁の石材、以前の望洋楼の土壁を練り込んだ左官仕上げなど、
地域文化やこれまでの望洋楼のコンテクストを引用したものを主に使用しています。
建築物の規模に見合わない多種多様な種類の仕上げを採用している上、
不定形な仕上げ材を内装担当者(下記リンク)が一つ一つ割り付けている、など
客室にとどまらず、動線空間も、インテリアデザインの技のレパートリーと密度が凄まじいです。
そのため、2つの客室を行き来する途中で興醒めするようなこともありませんでした。
また、躯体となっているコンクリートの仕上げ方も秀逸です。
この建物は鉄筋コンクリート造のため、どうしてもコンクリートの表面が他の仕上げ面よりも室内に現れてきやすいわけですが、
さらに上記の通り、コンクリートの仕上げ面以外は多種多様な仕上げ材を採用しているため、
一つ一つの仕上げ材が占める面積は少なくなります。
そうすると、何も気にせずコンクリ躯体を仕上げてしまうと、
コンクリート面vs他の細々した仕上げ材
といった、コンクリートの立体感ばかりが目立つ建築になってしまいます。
![](https://assets.st-note.com/img/1732149346-GsEgtUV0duKcyLnhpBR8PxCQ.jpg?width=1200)
これが建物全体のコンクリートの存在感を、インテリアの中にうまく分解している。
しかし、望洋楼のコンクリート躯体は、面が切り替わると別の仕上げ方になるよう丁寧に内装の立面が設計されています。
その結果、コンクリートが1つの石の塊というよりも様々な面の集合のようになり、
一つ一つの面として、他の多種多様な仕上げ材のうちの一つに見えるようになります。
結果、コンクリート躯体特有の存在感や重さが、文化とコンテクストを表象する仕上げ材の群の中に分解され、溶け込んでいっているような印象を覚えました。
05. 風景がすぐそばにあるということ
インテリアだけでなくコンクリート躯体まで、地域文化に溶け込んだような設えにすることで、
鉄筋コンクリート造の堅牢な建築物の中にいるのにも関わらず、
地域文化・自然など、建物の外部がすぐそば感じることができます。
室内にいながら外部の豊かな文化的景観を肌身で感じる、
これも、望洋楼が示す可能性の一つだと思います。
内部にさまざまな施設があることや、宿泊体験を非日常にするための長いアプローチなどにより、
宿泊施設では通常、客室が奥まった配置になってしまいます。
そうすると、たとえ窓から素敵な景色に開けていたとしても、
巨大な構築物の奥深くに滞在しているような印象は拭えなくなってしまいます。
しかし望洋楼は2つの客室を行き来するという、移動が常に伴う宿泊スタイルのため、
一つの客室に留まるよりも、外部が近くに感じられます。
また、2つの客室を移動することにより、
様々な仕上げ材、日本海の風景に出会うことになり、
その情報量の多さは、設えられた内部空間というよりも
変化し移ろいゆく多様な文化的景観の縮図のように感じます。
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海への触れ方が各部屋で異なるのも、多様な風景に囲まれている印象を加速させる。
1部屋だけの客室では出会わない量のテクスチャーと風景に出会うことで、
「風景がすぐそばにある宿泊体験」が実現できていると感じました。
望洋楼が7セットの客室のみのコンパクトな規模に抑えられているからこそ実現した宿泊体験とも言えるかもしれません。
06. ラグジュアリーホテルのオルタナティブ・パブリックネス=新たなタッチポイントを見出すこと
冒頭にもある通り、望洋楼の宿泊費用は一般的にはラグジュアリーホテルに分類されます。
そのため、ある程度お金に余裕がないと泊まることは難しく、
市役所やショッピングモールのような誰でもアクセスできる建築物に比べると、
ユーザーの裾野がかなり狭い建物になります。
![](https://assets.st-note.com/img/1732150667-eE91P6a8g0BTu45ZJbUNoDrF.jpg?width=1200)
ユーザーの裾野は狭いがリピーターが生まれうる建築計画にもなっている。
ところで、
その建築が公共的であるかどうか、
つまり、
「その建築が全ての市民(の自由と権利)にとって良いものになりうるかどうか」は、
民主主義社会における建築に対して、最も重要な評価点の一つになります。
そして一般的には、ユーザーの幅が広い、もしくはどんな人でもユーザーになれる建築を公共的であるとみなされ、
逆に、限られた人しかユーザーになれない建築は私的なものとしてみなされます。
つまり、ユーザーの裾野が狭いラグジュアリーホテルは、どうしても建築的な議論から外れやすく、
ユーザーが少ないゆえに語る人も少ない、やや不遇な建物となってしまいます。
(建築関係者が泊まりにくい価格帯、立地であることも不遇な状況に拍車をかけています)
誰でもユーザーになれるから公共的である、
この考え方は間違っていないと、僕も思います。
しかし、限られた人しかユーザーになれないからといって、その建築が公共的ではないとは言い切れない、
とも考えています。
つまり、ユーザーの幅とは異なる、以下のような回路によって、公共性を見出せるでしょう。
①地域資源とユーザーを接続させる
上述の通り、望洋楼の宿泊体験は、
遠くから訪れたユーザーと地元の自然・文化資源の間に新たな接点を設けてくれます。
正直なことを言うと、望洋楼の周辺(三国)は寂れた港町といった雰囲気で、
普通に街を行き来しているだけだと、三国という地域の魅力を肌で感じることはできません。
しかし、望洋楼に行けば、その地域の魅力が仕上げ材や美味しい料理を通じてグッと近くに感じることができ、
今まで見えなかった地域資源が可視化されます。
②地域経済に富の循環と持続性をもたらす
ラグジュアリーホテルは地方には到底訪れないであろう高単価の観光客を引っ張ってくることができます。
ラグジュアリーホテルの宿泊客の中には、観光先に落とすお金が3〜4桁違う超富裕層も混じっているので、
そのレベルの客を呼び込むことのできる水準の宿泊体験を提供することができれば、
望洋楼は地域経済にとっての心臓にもなりえますし、
建築空間、サービスともに、望洋楼はその水準に十分達していると感じました。
③実験住宅としてのラグジュアリーホテル
宿泊施設は短期間しか滞在しない住宅、と捉えることもできます。
短期間しか滞在しないので、多少無理のある寸法や、ちょっとチャレンジングで個性的なデザイン、先進的な住まい方を試みることができ、
その傾向は宿泊費が高くなればなるほど顕著です。
つまり、ラグジュアリーホテルの建築は、ある種の実験住宅として見ることもでき、
ラグジュアリーホテル-住宅建築-社会・・・という回路によって、
ラグジュアリーホテルの建築的ノウハウは公共的なものと考えることができます。
特に望洋楼は、プライベートな2つ客室に住まうという、分棟形式の住宅にも似た形式が採用されています。
2つの客室が文化的景観を表象する仕上げ達の森の中に佇んでいるような感じで、
そのプランニングや体験は、宿泊施設よりも集合住宅に近いと感じました。
望洋楼の形式が仮に集合住宅に採用されたとしたら、
もしくは逆に、過去の集合住宅の形式が宿泊施設に採用されたら・・・という
知的体系の回路を想起させるという意味でも
望洋楼という建築は、公共性という観点から語り得るものであると考えています。
筆者は以前より「オルタナティブ・パブリックネス」という公共性概念をビジョンとして掲げ、
設計活動とリサーチ活動を続けています。
(上記リンク参照)
建物それ自体が直接的に全ての人に開かれてなかったとしても、
建築が何かしら別の回路を通じて
「他の建築では繋げられなかった人と人、人と資源、もしくは、体験と知性を繋げる」
つまり、「新たなタッチポイントを見出す」ことさえできれば、
その特殊性こそを、その建築独自の公共性(オルタナティブ・パブリック)として認めるべきなのではと考えています。
望洋楼のように、人と地域文化、地域と経済、料理旅館と住宅の系譜といった
新たなタッチポイントを見出すことができれば、
ラグジュアリーホテルも公共的な何物かとして、享受されることができると思います。
※本記事は建築批評のご依頼をいただき執筆させていただきました。ご用命は下記連絡先にてお待ちしております。
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MACAP代表 西倉美祝
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