祐気取りの旅 熊野(4)そして、よみがえる
旅もいよいよ佳境に入り、熊野那智大社と那智の滝に向かいます。
新宮駅からJRで那智駅に向かい、そこからバスに乗るという算段です。那智の滝はメジャーな観光地なので、さすがにバスの本数も充実しています。それでも待ち時間が少々あり、那智駅に隣接する小さな道の駅に寄ったところ、とれたての野菜やお弁当など、なかなかの充実ぶり。ああ、とれたて野菜を買って帰りたい。しかし大根下げて、那智の滝に行くわけにもいきません。涙を呑んで、バスの人となりました。
熊野那智大社へ向かうには、麓の「那智山」という停留所までバスで行く方法もあるのですが、熊野に来て熊野古道を歩かずに帰るのは片手落ちと、大門坂から歩いて登ることにしました。パンフレットで見たことのある、あの石段の坂道です。ゴトビキ岩を登って自信がついたのか、ま、なんとかなるでしょと挑みます。
大門坂と言えば、平安装束を身に纏った女性が佇む写真を、ご覧になった方もおられるかもしれませんが、とてもじゃないけど草履で登れるような坂道じゃありません。坂の入口で平安装束をレンタルしてくれるお店を見かけましたが、完全に撮影用ですね。とはいうものの、昔の人は着物と草履で熊野古道を歩いたんですよね。トレッキングシューズでヒーヒー言っているヤワな私からすると、信じられない限りです。
踏み外したら命を落としそうな石段ではなく、ゴトビキ岩に比べれば身の危険はない坂道ですが、長い。とにかく長い。坂道が延々と続きます。早朝からの登山疲れがボディーブローのように効いてきます。大門坂もなかなかきついぞ。
ようやく坂を登り切り、熊野那智大社の参道という看板を見かけ、ああ着いた!と小躍りしたのも束の間、ここからがまたきつかった。参道はすべて階段です。階段を登ることをもはや拒否する足を無理やり前に出し、なんとか鳥居にたどりつきました。
熊野本宮大社や熊野速玉大社に比べ、参拝客がかなり多いのは、那智の滝という観光地があるからでしょうか。社殿やお札の売場も相当な人出でした。
熊野那智大社のお隣の青岸渡寺にもお参りしたところ、境内がやけに賑わっているではありませんか。わっ、餅まきだ!
さて、この旅の掉尾を飾る那智の滝へ。滝は下から眺めるものだということをすっかり忘れており、落胆と共に今度はひたすら下ります。石段は登りもきついが、下りはなおさら。スマホの万歩計はすでに12000歩を越えています。おお万歩!でも平地の万歩ではないぞ。アップダウンの万歩だぞ!
那智の滝は壮観でした。「この世」の風景とは思えません。自然が作り出す偉大な造形でありながら、確かに神が宿っています。滝の眺めは時の経つのを忘れます。
しかし足の疲れはもう限界。1時間に1本あるかないかのバスが停留所に滑り込むのを見かけ、慌てて飛び乗り紀伊勝浦駅へ。予定よりも2時間近い到着です。と、ここで一つ失敗をしてしまいました。時間変更のできない特急券を購入していたのです。でも仕方ない、こんなこともあるさと勝浦の街をぶらぶらし、お土産のみかんや那智黒を購入し、熊野を後にしたのです。
吉日に吉方位へ旅に出て、開運行動を行う「祐気取り」の旅。よみがえりたい、生まれ変わりたいと願って熊野を選びましたが、セオリー通りに熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の順に巡り、那智の滝を最後にして正解だったと思います。
よみがえるためには、一度死ななければなりません。熊野という浄土の入口に来て、「この世」と「あの世」を行き来しながら、最後にたどりついた那智の滝で、雑念を洗い流すというよりも、叩き壊された思いがしました。
日頃のスクワットのおかげで筋肉痛は避けられましたが、さすがに疲れて翌日はダウン。何も食べる気がしない中、手を伸ばしたのは勝浦で買った「キズあり半額」と表されたみかんたち。これが甘くてみずみずしく、今まで食べたどのみかんよりもおいしくて、一度死んだ私の体をすっかりよみがえらせてくれたのでした。