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【企画参加】 ライ麦畑に戻ってみた #はなまる読書会

記憶とは不思議なものだ。
18年前に読んだあの記憶が今もこうして鮮明に残っている。

「ライ麦畑でつかまえて」

10代後半までに出会っておくべき傑作を手に取ったのは二十歳を越えてからだった。
遅すぎた。もっとはやく出会いたかった。

記憶が鮮明だといいながら
突撃隊が退寮したことはおろか
ワタナベのことも覚えていない。

18年前の記憶ではなく20年前だ。
そもそもボクは「ノルウェイの森」の話をしている。

若い頃、希望に満ちた未来をみていたあの頃
本棚には「ライ麦畑でつかまえて」がおいてあった。すぐとなりには「ノルウェイの森」と「アルジャーノンに花束をの洋書(なぜ英語?)」

テレビを挟んで「時計仕掛けのオレンジ」と「ランブルフィッシュ」のVHS、ドアーズのCDが並んでいた。

でもやっぱり、「好きなのはゴダール
わかっているのかいないのか、ただ「何かのふり」をして日常に漂っていた。

いま、大人になったいま、
「ライ麦畑でつかまえて」を読めば
何を感じるのだろう?

「古本屋にいこう!」
子どもに誘われたので良い機会。
再び世界的名作を手に入れた。

「ライ麦畑でつかまえて」
著:サリンジャー
訳:野崎 孝 白水Uブックス版
#はなまる読書会
企画参加します。

① ネタバレ禁止
② 誹謗中傷禁止
③ 子どもが安心して読めるもの

はなまる読書会ルール

🤔 「うーん。これは困った」
③ は大丈夫か?うん。中学生以上推奨です。

しかし、迷ったのが石田衣良のLASTと村上龍の限りなく透明に近いブルー、前述ノルウェイの森。全部ダメだと思う。

小説ってそんなものかもしれない

デビット・カッパーフィールド

ん?マジシャン?1ページに出てきた文字に驚いた。この本出たのは1951年。カッパーフィールドが生まれたのは1956年。
🤔 「まあ、時空を超えていても驚かないが」

2000年頃に大阪城ホールでデビットカッパーフィールドを見たことがある。マジシャンというよりエスパーだった。

😱 「そっちじゃなくて小説のほうだよ!」
そもそもマジシャンのカッパーフィールドは、小説のコパーフィールドから名前とってるよ。その元の小説のことだよ!

😳 「いったい何の話だ!?」
このペースでいくと最後まで書ききれない。

汚れた大人はこれだからキライだ。
いちいち自分語りを入れたがる。

そういうわけで、ライ麦畑を20年ぶりに読んだ感想を書こう。ネタバレはしないようにきをつけるけどさ。出版されて70年。もう何をいって何をいったらダメなのか。わからないよ!

大切な青春時代の思い出
あの一冊。親になったいま読むと何を感じるのか?

見てのとおり、ホールデン風味(ライ麦畑でつかまえてに影響された文体)で感想を書くよ。

せっかくだから、読んでくれよな。

歳をとりすぎたかな

どうやらボクは老いたのかな?

やっこさん。noteに書きやがった。
たいしたもんだ。こんなにカッカさせちゃうんだからな。

ホールデンにそう怒られそうだ。
20年の歳月は怖いもので、何一つ覚えてなかった。

「このシーン。そうそうこの描写」
そんなことを思い出せるのかと読んでみたものの。ホールデンはおろか、ライ麦畑すら覚えていない。

ライ麦畑で女の子とデートするシーンなんてないんだよ!

「私は本当に読んだのでしょうか?」

記憶のすみにいたのは、ライ麦畑でつかまえてとノルウェイの森に受けた印象が似ていた。その2つの作品が若い時代に大切なモノだった。

口語体の文章が似てると思った理由かな。
若者の寮の話ってとこかな。

当時は、ホールデンと同じように
大人と子どものハザマに揺れて
チクショウ!ごめんだね!
と悪態をついては気が滅入っていた。

だが、いまは、「いや、キミを思っていっているんだよ。ホールデン君」先生や親の立場で物語につっこんでいる。

たくさんの登場人物

主人公のホールデンが大人とこどもの間で揺れながら経験をするわけだけど、登場人物が多くて今では覚えられない。

名前が一回しか出てこない人もいる。
メモしながら読み直してモーリスが誰かわかったよ。

でも、よく考えたらそりゃそうだろ
学校の友人や先生、仕事(バイト)の同僚、親戚、家族、隣人、友人の家族、よくいく店の店員、これまでどれだけの人数と出会ってきた?

😏 「あの町で道を聞いてきたご老人に再び出会ったことはあるか?」

ないよね。たった一回しか出会ってなくても覚えてることもあるよね。そんな描写が多いと登場人物も増えるよ。

でも、覚えなくていいよ。ストーリーじゃない。そこにあるのは若者のリアルな感情。
70年経っても国が違っても色褪せない普遍的な感情なんだよ。

あの町のニオイや光景。忘れない映像がキミのアタマの中にもあるだろ。
たくさんの数えきれない人にあってきてるんだよ!

過剰な気遣いは人をダメにする。

結局、間抜けどもの喝采ってのは人をダメにするんだ。「お目にかかれて嬉しかった」
全くヘドがでるよ。

思っていないなら言わないでよ。
いつの間にか、社交辞令にまみれて
嬉しかったのか?嬉しくないのか?
もはや、わかっちゃいない。

うまく説明できないけどさ。
いや、仮に説明できるとしても
説明する気になるかどうかわからない。

ボクはきっと狂ってるんだと思うよ。
酔っぱらって電話して、つくづくどうかしてたと後悔したね。20年前の話だけど、70年前のホールデン君とやってることは同じさ。

いまでは電話がTwitterやLINE変わっている。酔っぱらって連打。そんな後悔があるのかないのか若者に聞いてみたい。

とにかく、頭脳のサイズを知るとかなんとか
自分に見合ったことをする。それだけのことだよ。

「声をかけるときは、しっかり相手を見なくちゃいけない。声けるその時も、ずっとその前の関係づくりからも」

そんなことは、どこにも書いてない。
ただ、今のボクにはそう聞こえたんだよ。

ホールデンと同じような行動の記憶に驚き共感し懐かしむ。ホールデンは自分だよ。やっぱり。若者の鏡なのさ

昔のことは心にとめておこう

とはいえ、結局、懐かしむのは自分の中にとどめておいて、誰にも何も言わないほうがいいさ。

それが本当か?妄想か?記憶か?創作か?
わからなくなってるのにさ。
話に出てきた連中が懐かしくなってくるのさ。近くにいないことが物足りないってね。

最後までありがとう!
「幸運を祈る」

全くヒドい話じゃないか!?

感想

20年ぶりに読み直して感じたこと2つ。

🤔 「やっぱり日本人だな 英語で読まないとな」

若い頃は、感情で理解して感じて、これはアツいと変な熱量に転換して、それでもやっぱりダラダラ日常を送る。そんなだったけど。

少しばかり大人になった私は理屈っぽさが増してるみたい。

引用されている作品を知らない
最初のカッパーフィールドよろしく元のディケンズの小説を読んだことはない。そもそもライ麦畑で会うならば を知らない

「Coming through the rye」でしょ。「なぜ?catcher なの?」の会話には加われない。
引用されている作品でわかったの「華麗なるギャッツビー」ぐらいだった。

キリスト教などの文化、風習がかかれていても理解しにくかった。

若い頃、気にしなくていいよ
おもしろければいいじゃん!

そんなことがいちいちひっかかるんだよ。
「キミはカトリックなのかい?」

いや、この質問の意味はわからん。
「キミは浄土真宗なのかい?」
とか日本じゃ聞いたことございません。

やっぱり、日本人は日本人の小説の方がしっくりくる。これは間違いない。

違うな。ボクには日本の小説がいい。
こういうことだわ。

そんな細かいことを考えてたら
英語で読まないとよくわからないわね。
そんなことを思った。

そう思って買った「アルジャーノンに花束を」の英語版、2ページも読めなかっただろ。手を出してはいけない。

いまの子ども(若者)が読んだら
どう感じるんだろう。

高校生になったら勧めてみよう。
本人が読みたいって言ったらだけど。

最後に

本を選ぶに当たって
新しいものを読まずに
昔の本の読み直しを選択したのに
自分らしさがでてるなあ。

昔の読み直しや読もうと思って読めなかったもの。そういうモノが多い。

どこか20代のころに憧れてるのかもね。

ちょっと何いってるかわからない!

この文章がボクの「ライ麦畑でつかまえて」
そう「ライ麦畑に戻ってみた」だよ

ではまた

#サリンジャー
#ライ麦畑でつかまえて
#はなまる読書会
#読書感想文
#ノルウェイの森
#村上春樹
#小説
#華麗なるギャッツビー
#デビットカッパーフィールド

📻 話してみました


そもそも「ライ麦畑」ってなに?
20年経ってもカッコつけた選書がダサい。
そこは変わってないなあ。
素直に「鴨川ホルモー」にしとけばよかった。

チェーンナーさん
ありがとうございます。
タイムスリップできました。

この企画へのお誘い


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