歌う人
1週間前のこと。忘れたくなくて書いておく。
7月16日に奇妙礼太郎さんのライブに行った。
奇妙さんを知ったのは12年前。当時働いていた結婚式場で18歳下の音楽好きの後輩が教えてくれた。後輩が自分のスマホのYouTubeを見せながら、おとぎ話、andymori、ボギーなど、私の視野に入ってなかった音楽を教えてくれた。その中に奇妙さんが歌う「君が誰かの彼女になりくさっても」があった。
ええ歌やなぁライブ観てみたいなと思ってチェックしたら十三のcafe slowでライブがあるのを知って行くことにした。オーガニックな食品を販売してるお店の奥にピアノと大きなスペースがある不思議な作りだった。
↑たまたまその時のライブの動画があった
初めて観た奇妙さんは猫のように静かにフワーっとステージに上がり、最初にピアノ弾いて歌っていた気がする。ピアノとギターで弾き語りをしていた。途中、譜面台忘れたと言って近くの席の男性に楽譜持ってもらってた(動画にその瞬間が残ってて嬉しい)。すごく自由に気持ちよく歌っていた。生で聴く声や歌はやっぱりよくてMCが独特だった。
そこからたまにライブを観た。ドクロズの20周年ライブのゲスト出演で。移転前の神戸のチェルシーの浜田一平さんとのツーマンで。ムジカのONIさん永山愛樹さんとの3マンで。磔磔の浜崎貴司さんとのツーマンで。磔磔のワンマンで。熱心なファンではないのだけど、たまに無性に聴きたくなって音源を聴いたりライブに足を運んでみたり。今回のムジカもそんな感じでピンときた。立ち見だけど足を運んでよかった。すごくいいライブで、距離が近いからか歌声やギターの音がダイレクトに響いた。その中で、どうしても忘れたくないMCと歌があった。
「みんな一廉(ひとかど)のもんなんてならんでええで。そりゃあたまに芸能人に会ったりしたら(おーっ)ってなるだけで、それだけやし。俺には好きな友達が6人くらい居て、その人らが居たらそれでいい。いつも連絡するのは俺からしかないな。向こうは友達って思ってるかわからんけど、でもそれでいい。その人らが元気やったらいい」
そう言って奇妙さんは歌った。そのMCの直後だったかどうかは忘れたけど、ふちがみとふなとの歌をカバーして歌った姿が印象的だった。
ふちがみとふなとは知っていたけど、この歌は知らなかった。原曲はダニエル・ジョンストという方の曲を日本語詩をつけて歌ってる。
奇妙さんが歌う時の顔の角度がたまたまこちらを向いていたこともあり、何だか自分に歌われているような気持ちになった。私も歌を歌っているので「歌う人」の歌詞が突き刺さった。突き刺さるというよりも、何ていうかもっと優しく包み込むような感じでまっすぐこの歌が入ってきて全身に響いた。
ライブの前日、私は塩屋にある野菜基地ランドの投げ銭マルシェで歌っていた。15時から森の中で「自然讃歌」を歌うというプログラムだったので森の中でひとり準備していたけど、誰も森に来なかった。
どうしようか迷いながら、ひとりで森の中で歌ってみた。歌いながら閃いて、みんながいる場所を見下ろしてみんなに聞こえるように歌おうと歩き出した。
見下ろしてみるとマルシェでみんな出店したりいろいろしてるから確かに森まで来れないなと理解して、ひたすら歌った。早朝に何故か鳥や虫たちが一斉に鳴くように歌いたいと思った。眼下にいる人たちを気にすると何か間違えたりうまく歌えないので、森から見える海の水平線や空の鳥ばっかり見ながら空っぽになって歌った。それがとても心地よかった。歌い終わると、ありがとうも言わず、礼もせずに森の奥に戻った。なんかそれがいいと思って。
私は人に向けて歌うのは適してない人間に思う時がある。たくさんの人を前に盛り上げることができない。私は好きな歌を歌うことがしあわせで、ただそれだけ。歌い始めてライブハウスに誘われた時は嬉しかった。だけど、なかなか上手くならない自分や、人と比べてしまうこと、もっとこうしたらいいという善意のアドバイスをもらえることも何だかつらくなってしまった。私は歌うことで優れたい訳ではなかった。好きな歌を自分で歌える多幸感が喜びだった。
人に対して歌う時はお祝いやパーソナルな気持ちで歌えることが嬉しい。人に向けて歌う場面で、私にとって忘れられない思い出がある。それは入居型高齢者施設のお誕生日会で、毎月リクエストに応えて歌っていた頃。毎月私の歌を楽しみにしてくれるひとりの利用者さんが居て、思いつくと歌のリクエストをメモで渡してくれた。音楽が好きでピアノも弾ける。たまに施設内にあるピアノを弾きにひとりで行かれたりもしていた。
その方に大腸癌が見つかり病院に入院した最中、誤嚥性肺炎になった。退院しても食事も嫌がり、居室内でしか過ごせなくなってしまった。そんな中でも、そんな中だからこそ、楽しみがあればいいなと思って歌のリクエストを聞きに行った。その頃にはもう話せなくなっていたのでホワイトボードで筆談した。レクリエーションで他の利用者さんとみんなで歌った後に、その方の居室に出向いはてリクエスト曲を歌う。耳がほとんど聞こえないけど歌を聴いて頷いてくれた。
そろそろ容態が厳しくなった頃、その方が本当に聴きたい歌は何かを考えた。その方はクリスチャンで、昔、教会でピアノの伴奏をしていたと伺っていたので、讃美歌が聴きたいのではないか?と思った、ギターで「慈しみ深き」の弾き語りの練習をしていたが、歌を聴かせる2日前にお亡くなりになった。
ユニットリーダーにその経緯を話し、その方の葬儀の準備が整うまで安置してる居室で歌えないかを確認した。ご家族からの許可を得て歌えることになった。静かな居室で、亡き骸になったその方を前にしてひとりで歌った「慈しみ深き」。私にとっては、今のところそれが人に向けて歌えた最高峰の歌になった。
私はたくさんの人に向けて歌うことはできない気がする。だけど、たったひとりのその人に、私が何をできるのだろう? と考え、私なりの精一杯の想いを込めて歌うことはできる。そんなタイプの歌う人なのかも知れない。輝きは望んでいないかも知れない。でも歌えることをしあわせに思う。
奇妙さんの歌を聴いて、そんなことを思った。