VOL. 11 「あの公園から見上げるソラと、介護士シドの日常」
#事実に基づいたフィクション #東京の公園 #健康寿命 #公園の楽しみ方 #認知症 #介護の職場 #60代の生き方 #やま #山下ユキヒサ
(2616文字・6.5枚)
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「今日来る時さー、○○の駅前でシルバーカーを押して歩いているおばあさんが転んで、もう、エーッと思うぐらいコロコロっと転がって、自分を入れて4人が集まって、そうそう、助けたのよ…」
昼の12時からの勤務(遅勤)。
同僚の男性Hは、通勤途中のレスキューを早口で説明した。
確かに今日はとんでもなく風が強い日だ。
通勤の一コマとしては、高齢者の転倒だけでも驚きなのに、彼の話の強調点は半端ないコロコロだった。
確かに強風。コロコロ要因の一つはかなりの瞬間風速に見舞われたのかもしれない。ただ、もう一つはコロコロしやすい体型であったのかもと推測する。
おばあさんの体型については話が長くなりそうなので、詳しく尋ねなかった。
おばあさんもコロコロ。シルバーカーも風に持っていかれる。おばあさん曰く、中には何も入ってなくて軽かったからって、「もう、何か重たいもの入れとけよ」と、笑いながらツッコミ入れてた同僚。
高齢女性に言えなかったツッコミを、僕が受けとめた。
でも、とにかく彼や他の通行人に助けられて良かったね、おばあさん。
同僚と他の通行人の救助活動。
人を助け親切にすることできっといいことがありますよ。
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人に親切にすると脳内では変化が起こる。
脳内物質であるオキシトシンが分泌され、幸せを感じるのだ。
オキシトシンは3大幸福物質の一つ。別名「親切の物質」とも呼ばれる。
人に親切にした時に感じる気持ちよさは、気のせいじゃなくて脳内でオキシトシンが分泌されていたんだね。
また人に親切にされて嬉しい気持ちと感謝する心にも、脳内では幸福物質が分泌されている。
親切心は人間関係を良好にし、人を幸せにする。
人に親切にしても、親切を受けても両方が幸せになる。
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さて、転倒だ。
高齢者の転倒は怖い。なんたって小学生が転ぶのとは訳が違う。何かにつまずく、何もないのにつまずく。
高齢者の転倒の主な原因は、
(1)加齢による身体機能の低下(2)病気や薬の影響
(3)運動不足
加齢に伴い身体機能が徐々に低下、また筋力、バランス能力、瞬発力、持久力、柔軟性が衰え、とっさの反射的防御動作が出来ない。
また、自分自身の予測・期待する動作と現実の動作との間にギャップが生まれて転倒を引き起こすことがある。
さらに、年を重ねると、いくつもの病気を抱え、何種類も薬を飲んでいる人も少なくない。
目の病気で周りが見えにくくなる。視野の欠損もあるかもしれない。
薬の作用・副作用によって、立ちくらみやふらつく症状が出るなどして転倒しやすい状態にもなっている。
さらに、長引くコロナ禍の影響がある。日常的な身体活動が減少して、運動機能や感覚機能が弱まり、その結果、転倒のリスクが高まる。
僕も高齢者の転倒を見つければ、同僚のようにまずは駆け寄るだろう。
職業柄わかる。一度の転倒で、高齢者のその後の「生活の質」は確実に変化するということ。
下手をすると転倒して骨折する。それがきっかけとなり寝たきりになることも。
生活の質とは、クオリティ・オブ・ライフ(英: quality of life)
略称はQOLという。
医療、看護、介護の分野で広く使われている言葉だ。ひとりひとりの人生の質や社会的にみた「生活の質」のことを指し、ある人がどれだけ人間らしい生活や自分らしい生活を送り、人生に幸福を見出しているか、ということを尺度としてとらえる概念だ。
1970年代以降に注目されるようになった概念で、もとは健康関連の概念だったが、それ以外にも拡張されるようになったため、健康に関するQOLは健康関連QOL(HRQOL、Health - related QOL)ということもある。
自力で歩けていた人が病気や事故ののため車いすの生活、寝たきりの生活になる可能性はある。
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「あれ、どうしちゃったんだろう。起き上がれない」夜中の2時。目を覚ました山田さん(仮名)の大きな独り言。
山田さんとはすでに登場した、家事労働をバンバンこなす元気な83才。私、働いてないとおかしくなるのー、の山田さんだ。
夜勤中のシドはすぐに部屋に入り声をかける。部屋のドアは本人の了解を得て、開放している。見守りしやすく、こんな場面ですぐに駆けつけられるためだ。
「山田さんねー、この間転んだのよ。それでね腰骨の一部を骨折したの。だから今は歩けないし、安静にしてなくちゃいけないんだって。トイレ手伝うから行く?」こんな場面ですぐに駆けつけ対応しないと危ない。
無理に立ち上がり、次の転倒につながりかねない。これが怖い。今は痛み止めを服薬中なので痛みも緩和されている。だから余計に、歩けない身体を動かしてしまい次の事故が起こる可能性が大である。
ホーム内をバンバン歩いていた山田さん。現在は車イス生活だ。腰の骨折のことはすっかり忘れている。
動けない、腰に痛みがある、どうしちゃったんだろう私。と、不安になるのだ。あれは10日前のこと。中庭に出て、洗濯物を干していた山田さんが転倒した。その場はなんとか歩けたものの受診となり、腰の一部分の骨折(詳細は伏せる)と判明。ドクターからは安静の指示がでた。
あんなに動き回っていた人。
あんまり次々働くから、休みましょうと声掛けが必要だった人が、今は車イス生活だ。
今はスタッフから「安静にね」と日に何度も声をかけられている。転倒から三日間は庭での出来事を覚えていた。だが、そのことも徐々に忘れた。動けないけど、車イスだけど、どうしちゃったの私という生活が続いている。
先はまだ長い。完治するまでの道のりは遠い。それでも持ち前の明るい人柄が幸いしている。暗い顔をしていないのが救いだ。
だが1週間また1週間と日が過ぎる中で、「生活の質」が低下した山田さんはストレスを溜めていくだろう。
家事労働をこなす事がやりがいの山田さん。洗濯物も干せない、取り込めないたためない。食事作りもしたいけれど出来ない。トイレも一人では出来ない。そんな山田さんにとってのストレスフルな日常生活はこれからも続く。そんな生活を支えていくのが介護士の仕事だ。
山田さんだけでなく、こうした利用者の急な病気やケガのための受診や入院。退院後やケガの完治までにかかる介護負担。その負担が介護士に乗り掛かる。
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