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机の上の鳩

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小説・随想などなど、書きためてきたものたち。何とも呼び難いものが多いため小品と呼んでいたりもします。
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#小品

はとの総合書籍案内

湊乃はとの書籍まとめでございます。 (更新:2024/06/08) 販売中100年くらい前のどこかの誰かの話が主です。 書籍には旧字体フォントを使用。 明治後期〜昭和初期あたりの東京や、その頃の風俗がお好きな方におすすめ。 あまり再販はしませんので、ぜひ在庫のあるうちに。 書籍あり〼 盗蜜(2024)7/15ごろ第二刷印刷予定 傍から掠め取る蜜は甘い。 銀座のカフェーで生きる女給の物語。 ある男との心中から生還した廣谷松は、神田榮と名を変えて、カフェーの女給となった。

望郷

 奇妙な明るさで目が覚めた。部屋の片隅が朝日にしては妙に仄白く、その端が布団に眠る私の顔を丁度輝かしている。それに気のついてしまうと、瞼を閉じても開いても光が眼球を刺激し、その存在を主張する。それに対抗すべく、私も布団を引っ被って寝返りを打ってみるのに、その光は執拗に私の脳をすら揺さぶった。  奇妙な明るさの朝は、奇妙に音をもよく通す。居間の方にいるのであろう奥さんの声が、分厚い布団の中の私にまで微かに聞こえてくる。とぎれとぎれの奥さんの明朗な声。他の声は聞こえはしないが、何

花の匂い

 台風で増水した大川をぼんやりと眺めながら、このまま死んでしまえば、棺に竜胆が入らないので、やっぱりやめようと思った。  日々特に意識して過ごしているわけでもないが、私は花の中で竜胆が一等好きだ。慎ましやかな深い青紫色。それは人間の肌の色、とりわけ私の、日に焼けた黄色い肌よりもいっそうに美しい。青紫のちいさな花の連なりが、硬くしっかりとした枝に揺れる様が不均衡で、地に足をつけて仁王立ちをしているのか、それとも、微風にすら揺れてしまう儚き立ち姿なのか、私には判別しかねている。

龍の女

 さながら魚のように泳ぐ女がいて、それは龍の生まれ変わりだともっぱらの噂である。その女はひとたび水へ入れば、どの海女よりも長く潜り、海豚と同じかそれ以上の速さで自在に泳ぎ回る。幼き頃は泳ぎの名手だと持て囃されたが、女が美しく成長するにつれ、次第に村人はそれを気味悪がるようになった。それは女の両親も同じであったのか、血を分けたはずの人間でさえ、龍の女とは距離を置いている。唯一その女と必ず同じく行動しているのは双子の片割れであり(出生順を誰も知らない)、片時も離れることなく双子は

〇七一九 - あの胡瓜の飾り切り -

 私の両親は嫌煙家で、大酒飲みだった双方の祖父のあらゆる蛮行を知っていたためか、酒に飲まれる質でもない。至極真っ当な両親の膝下ならぬ、小さな箱庭を飛び出して進学した私は、しかしなんの因果か煙草のもくもくと煙る酒呑の巣窟のような昔気質の小さな割烹でバイトをしていた。何年もの昔、私が学生の頃の話だ。  小さな割烹は、ただ一人のマスターが切り盛りしていて、店内は二十人入るかそこらという手狭さ。そのくせ大きな海亀の琥珀色の剥製が壁にかかっているような、なんとも奇妙なバランスの店だ

平成小品集(3/3)

2019年5月発行の「平成小品集」。 書籍は完売、再販の予定もないため、内容を抜粋して公開します。 小説とも随想ともとれぬ、ショートショートの数々です。 とても古い小品が並んでいます。 前半はショートショート。後半はそれなりの長さのものが数点。 他の小品もよろしければどうぞ。 置キ土産うつくしいかたち  朝起きると世界が灰色に覆われていた。木も、道路も、空も、すべてが。世界一大きい火山が噴火して、その火山灰が空を覆い、結果人類が滅亡するというシナリオがいつかあったけれど

¥200

平成小品集(2/3)

2019年5月発行の「平成小品集」。 書籍は完売、再販の予定もないため、内容を抜粋して公開します。 小説とも随想ともとれぬ、ショートショートの数々です。 前半は東京について。後半は小説のようなもの。 他の小品もよろしければどうぞ。 平成小品東京 東京駅  トーキョーは架空の都市であると思っていた。人の津波が毎日寄せる新宿、若さの溢れぶつかる渋谷。古い時計の鳴り続ける銀座、もうずっと玄関のような顔をした東京。  ふと手にした画集をぱらぱらやると、浮世絵が江戸の人々を生活さ

¥200

平成小品集(1/3)

2019年5月発行の「平成小品集」。 書籍は完売、再販の予定もないため、内容を抜粋して公開します。 小説とも随想ともとれぬ、ショートショートの数々です。 この回は比較的新しいものが収録されています。 他の小品もよろしければどうぞ。 平成時代の終わりに「新しい、元号は、令和であります」 と、菅官房長官が会見を開いた時は恐らく、電車内で、上司と新人に挟まれ、他愛もない話題を提供していた。月に一度本社まで赴かなければならない会議の──それは私が出るべく最後のもの、の帰りである。

¥200