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平成小品集(3/3)
2019年5月発行の「平成小品集」。
書籍は完売、再販の予定もないため、内容を抜粋して公開します。
小説とも随想ともとれぬ、ショートショートの数々です。
とても古い小品が並んでいます。
前半はショートショート。後半はそれなりの長さのものが数点。
他の小品もよろしければどうぞ。
置キ土産
うつくしいかたち
朝起きると世界が灰色に覆われていた。木も、道路も、空も、すべてが。世界一大きい火山が噴火して、その火山灰が空を覆い、結果人類が滅亡するというシナリオがいつかあったけれど、それが現実に起こるとするならば、きっとこの目の前の光景がそれであったに違いない。
身の回りがざらざらする。踏みしめる靴の裏も、興味本位で触った指先も、肌に触れる空気でさえも、ざらざらだ。今私の世界には灰色とざらざらしか存在していない。雪の降らないこの街で、一色だけが大多数を占める光景は、めずらしい、という言葉では物足りない程に見慣れない。灰色は街の全てを包み、ざらざらは人の肩にさえ乗った。それは見ていてとても美しいものだ。街や人々の色彩が全て灰色に制圧されていく様。
しかし翌日になれば、それらの灰色も、ざらざらも、すべて燃えないごみの袋の中に入れられていた。その美しさは、燃えないごみになる。
平成二十五年七月八日
イルミネーション
「この光は、何」
「これは昔、ここに生息していたと言われている、ホタルというものらしい」
「ふうん。それはどういうもの?」
「さあ、お父さんも見たことはないから。ただ、昔、おばあちゃんが見たという話なら聞いたことがある。綺麗な水の流れる川に住んでいて、なんでもお尻が黄緑色に光るらしい。昆虫だそうだ」
「でもこれは水色だね」
「これは電気で、偽物だからね」
「ホタルはもう見られないの」
「こう水色にばちばちしていれば見られないと思う」
「本物はもっと、きれいだったのかな」
「それも、お父さんにはわからない」
平成二十五年七月十五日
記録写真
カメラを買おうと思った。写真に興味を持ったのだ。思いを巡らせながら資金を貯める、その間に、私の祖母は入院した。
祖母は、快活な人だ。旅行好きで、その健脚でどこへでも行ったのだけれど、祖父が死んでしばらくすると、その面影は鳴りを潜めてしまった。祖母は祖父と小さな長屋の一部分に住んでいたので、祖父が亡くなれば自然一人となる。そうしてだんだん衰えていくので、ついには私たち家族と同居を始めた。しかしそうなれば、母とは嫁姑らしく何かいざこざがあったようで、それをわかっている父も、その仲をとりもつことをしなかった。その上私は反抗期真っ只中、ひどく悪い家中の空気の中、いつのまにか私と祖母との間の会話は減った。快活なはずの祖母が衰え、また、女らしく、母とやりあっているのを、私は見ていられなかった。祖母が入院してもそれは変わらず、私は祖母のいる病院を避け続けた。そして私は、どこかで、祖母は決して死なないのだと思っていたのだ。
入院した祖母を見舞いに行くと、もうほとんど私のことなどわかっていないようなものだった。同じ話を何度も何度も繰り返す様を、やはり私は見ていられない。そんな祖母の顔を直視できずに、視線をあちらこちらへ流していると、必ずと言っていいほど、その祖母の手に視線が奪われた。その痩せて骨ばった指には銀色の、決して外さない指輪が、祖父からの贈り物だという指輪が嵌っている。私は、祖父の火葬の際に柩に取りすがって泣く祖母の、その投げ出された手を、ずっと忘れられずに今までいる。──カメラを買ったら、その祖母の手をまず写そう。しぶしぶ見舞いへ行くたびに、私は必ずそんな思いに囚われた。
そしてカメラは購入された。流行りのインターネットオークションで、型落ちの、しかし悪くはないフィルムカメラを吟味して、貯めた小遣いをはたいた。発送完了の通知が来て、いよいよ念願を叶えられると思った前日の朝、私は母に叩き起こされた。寝起きの悪さから布団でぐずぐずしていると、しばらくののち、今度は妙な落ち着きを持って、母が私のくるまっていた布団を剥がす。
「ばあちゃん、亡くなったよ」
私は祖母を看取る機会をすら、避けてしまったのだ。
購入したカメラは、予定通りの日程で私の元へ届けられた。私の企図していたファーストショットは敢え無く、豪勢な出前の寿司へと変化した。
平成二十五年七月二十二日
弁解
赤い空間。赤いワンピースを纏った少女が一人。黒い長い髪を靡かせ、私の後をずっとついてくる。それが不気味で、逃げようとするのだが、どうしても逃げきれない。立ち止まった私は、ついにその少女に追いつかれて、……そして手をかけた。すぐ背後に迫った少女に掴み掛かり、あっさりと彼女の首を切る。私が刃物を所持していたのかどうか、定かではない。少女からは悲鳴もなければ血飛沫もあがらなかった。
友人とどこかを歩いている。屋内。それは店内。コンビニのような、扉のある冷蔵庫の棚。そこに反射して映るのは、件の少女である。やはりまだついてきている。鬱陶しい。走って逃げればいつのまにか屋外へ出ていた。少女がついてくる気配がないので、ようやく振り切ったと友人と笑いあえば、どこからか少女の笑い声。血のように染まった空に私たちは覆われて、逃げられないと悟った暁──動悸に目を覚ました。目が開いてもしばらく動けずにいる。ようやく落ち着いて時計を確認すれば、何てことはない、授業に遅刻していた。
平成二十五年七月二十九日
終わらない物語
目覚ましが鳴る。何時ものように止める。今日も何時もと何も変わらない朝だった。この日常が終わるまであと一週間。
のろのろと布団を出る。今日も朝は寒い。あの話が本当であるなら、もう僕は暖かい朝を迎えられないのであろう。僕だけではない。この人類全員が、北半球に住んでいる人は夏を、南半球に住んでいる人は冬を、もう迎えられないのである。人類は、後七日後に滅亡するという予言の所為で。そもそもこの話は三年ほど前から出ていた。それによると今年の冬のある日になったら人類は滅亡するのだという。どういう経緯でそうなるのかもわからない。ましてや、誰がそう予言したのかさえわからない。只、どこかの古いもう滅亡してしまった文明の予言だそうだ。僕としては只マスコミが騒ぎ立てたからこんなに話が大きくなったのだとしか思えない。僕の親たちの世代からすると、どうも嘘臭く感じるらしい。なぜなら、一九九九年に世界は終わらなかったから。その証拠に、大抵の人たちは皆普通に生活している。何の変わりもなく日常を生きている。只、全くそのことを気にしていない人はきっといないのだろうけれど。
もそもそと支度を始める。今日は彼女と出かける予定だった。が、急遽彼女がうちに来ることになったので急いで部屋を掃除する。約束の時間までになんとか片づけて、駅まで彼女を迎えに行った。
他愛もない話をしたり、音楽を聴いたり。その時間はゆっくりと流れているようで、でもとても早く感じる。彼女と合流してうちに戻ってきたのは昼前だったのに、もう時刻は夜八時を示していた。誰かと共有している時間がこんなにも楽しいと思えるのは、彼女が初めてかもしれない。
テレビを付ける。ぱらぱらと彼女がチャンネルを変えて、一通り何をやっているかを見て、そしてまた消した。
「面白くないね。最近ずっとこればっかなんだから」
彼女は言う。こればっかり、というのはきっとカウントダウンのことだろう。人類滅亡へのカウントダウン。ここ最近は、どのテレビ局もこの話題を扱っている。時には面白可笑しく、時にはシリアスに。僕も彼女もこの手の面白さがいまいち理解できないので、最近はめっきりテレビを見る頻度が減ってしまった。
「ああいう番組って見たくない人もいると思うんだけどな」
「きっと一番見たくないのって妊婦さんよね。だって、自分の子供の将来が閉ざされているどころか、将来はありませんと宣言されているようなものだもの」
彼女は独り言のように何時もそうやって呟く。
この日常が終わるまであと七日。
がくっ、と頬杖をついていたその手から、顎が落ちたので目が覚めた。どうやら私はうたた寝をしていたようだ。時計を見ると夕方の五時を半分ほどまわったところだった。肩には薄いタオルケットが掛けてある。私が自分で掛けた覚えがないところをみると、きっと夫が気を利かせて掛けてくれたのだろう。私の身体が冷えないように。私のお腹の中にいる赤ちゃんに影響しないように。タオルケットを肩から落ちないようにして振りかえると、夫はテレビをつけっぱなしのままソファでうとうとしていた。立ち上がって、傍に近寄る。私に掛けてあったタオルケットを今度は夫に掛けてあげた。起こさないようにしたつもりだったのだが、眠りが浅かったのか夫はどうやら起きてしまったようで、
「ああ、起きたんだおはよう」
そう言って座り直し、私が座れる場所を空けてくれた。心遣いに感謝しつつ隣に腰をおろす。
「身体冷やしちゃ駄目だから」
夫はそう言ってまた肩にタオルケットを掛けてくれた。
お礼を言って、会話が途切れる。テレビの中の話し声が小さく部屋に響いていた。夫も私も、その番組に目を向ける。最近流行のカウントダウンだった。嬉しくない、カウントダウン。別段信じている訳でもないのだが、何となく不愉快だ。なんだかとてもこのお腹の中の子の将来は闇に閉ざされていると言われている気がして。別に本当にそうなるわけではないと頭の片隅では思っているのだが、どうしても不安をかき立てられる。母として、自分の子供には色々な経験をしてもらいたい。自分の人生を歩んで、そして土に還ってもらいたい。それなのに、この世界に生まれてくる前に死ななければいけないなんて。そんな思いも裏腹に、テレビでは先ほどの番組で芸人が面白可笑しくそのことをネタにしていた。耐えきれなくなって目を伏せる。隣の夫をちらり見ると、心配そうな瞳と目があった。私がこの手の番組を苦手としているのを知っているのだ。
「ごめん。チャンネル変えるね」
そう言ってリモコンに手を伸ばす。何回かチャンネルを変えていったが時間帯の関係だろうか、どこも似たような番組をしていた。いよいよ人類が滅亡することが肯定されたような気分になってくる。この子に将来はないのだろうか。不安な気持ちに押しつぶされそうになって、黙って隣の夫の手を握った。
この不安がなくなるかもしれない日まであと六日。
はっと目が覚めた。目を開けると眩しい光が目に入ってくる。思わず目を細めて辺りを見回す。その光の正体は目の前の蛍光灯だった。顔の下には真っ白な問題集。右手にはシャープペンシル。何故か左足だけ痺れが切れている。どれだけ寝ていたのだろうか、窓の外は既に白み始めていた。
ここ最近、あたしはベッドで寝ていない。受験生なんてそんなもんだと自分に言いきかせてみるが、やはり机で寝るのは慣れないし辛い。ぐっと背筋を伸ばして、ひとつ、大きな欠伸をする。あと数時間後にはまた学校に行かなければならない。そう考えるだけで憂鬱だがそれはもう仕方がない。気を取り直して問題集に取りかかった。目をこすりながら、問題を読む。外では雀が鳴いている。
ふっと気付くと問題集に取りかかってから三十分が経っていた。またあたしは寝ていたに違いない。どうやらこれ以上問題集とにらめっこしていても埒があかないようなので、制服に着替えて荷物を持ってリビングに向かった。リビングではもう電気もテレビも付いていて、台所で母さんが朝ご飯の支度をしていた。
「おはよう」
一通りの朝の挨拶をすませて、ソファに沈む。横に倒れたらそのまま眠ってしまいそうだったので、ソファの上に体育座りをしてテレビをぼーっと眺めた。働かない頭でテレビを見る。どうやら朝の情報番組のようだ。最近よく見かける綺麗な女のアナウンサーがなにやら話している。それに答えるゲストの色々な顔ぶれ。画面右上の小さな字幕を読むと、その話題は最近の人類滅亡に関しての考察のようなものだったらしい。朝っぱらから面倒くさいものを見てしまった。かといってリモコンを探すのも億劫で、そのままその番組を見る。あたしは最近テレビをあまり見ていないけれど、それでもたまに付けるテレビでは大抵この傾向の番組を放送している。きっと一日中こういう番組をやっているのだろう。そう考えると、一日中テレビを見ていなければならない状況じゃなくてよかったと思う。こんな番組、ずっと見ていたら気がおかしくなってしまいそうだ。
こんなことを言うと受験勉強があまり捗っていないからそれからの逃げのように聞こえてしまうのかもしれないけれど、でも、こういう番組を見ているとあたしはいつも思うのだ。今、あたしがやっていることに意味はあるのかと。あたしたちにはもう夢を叶えられるような未来が与えられていないのではないかと。一生懸命勉強して勉強して志望校に合格するように、そう頑張っているけれど、その前に死んでしまうのならば今やっていることは無意味なのではないか? ならばいっそのことそれをせずに放棄して、残りの日数楽しんだ方が有意義なのではないか? こんな考え、馬鹿らしいのは重々わかっているのだが、考えずにはいられなかった。大学だ夢だと言っていられるのは、未来があると思っているからこそ。未来がないと決めつけられているかのような気になってしまえば、気力などすぐに消えてしまうのだ。本来、人は誰だって楽な方が好きに決まっている。それなのに、どうしてその気力を削いでしまうような事柄をわざわざ過大に報道するのか。いやもしかしたらこんなに考えすぎているのはあたしだけなのかもしれないのだが。そう考えてみると確かにあたしの友達やクラスメイト達も表向きはこの話題をネタにしている。とするとやはり世間一般の人々はこの手の番組を楽しんで見ているのか。
はっと意識をテレビに戻すともう話題は次のものへと移っていた。画面の左上の時計に目をやる。そろそろ朝ご飯を食べないと電車に間に合わない時間になっていることに気付いた。重い腰を上げて食卓へ向かう。食卓には何時もと何も変わらない朝ご飯のメニューが並んでいた。
今を有意義に過ごせているのか分かるまであと五日。
「はい、お疲れ様です。十分間の休憩に入ります」
スタッフの声に緊張感が抜ける。スポットライトで暑いスタジオから原稿を持って楽屋へと引き返す。椅子に座って一息ついてからまた次の原稿を読み返す。自分は現在、お茶の間の皆さんに顔と名前を覚えてもらえるくらいにお仕事をさせてもらっている。そのことは本当に感謝しているのだが、どうも毎日のように人類滅亡だの地球滅亡だのという話題を話さなければならないのは憂鬱だ。自分が受け持つこの番組を楽しみにしてくれている人もいるのだろうが、自分が話す内容によって不愉快になったり恐怖心を更に抱いてしまうような人の方が圧倒的に多いのではないかと最近は思えて仕方がない。実際、この手の話題には賛否両論あるようで、番組が始まると同時にご意見のメールなどがひっきりなしに届くのだそうだ。正直、自分は今自分がしていることが正しいかどうか判断できていないように思う。否本当は正しいも何もないのかもしれない。仕事は、仕事だ。そう割り切ってしまえば早い話。だがしかし、マスコミという現代社会に於いて多大な影響力を持っている媒体の顔、と言っても過言ではないような職業に就いている身からすると、そう割り切ってしまうのはどうかとも思う。否、割り切ってはいけないように思う。かといってどうすることも自分にはできない。只、与えられた原稿に沿って読むことしかできない自分が情けない。
「休憩終了三分前です。そろそろスタジオにお願いします」
考えを遮るようなスタッフの声にはっとして目を開けた。原稿を読みつつ色々考えつつ、自分は浅い眠りについていたようだ。この番組の収録はあと二時間くらいだろうか。とりあえずこれが終われば今日の仕事はもう終わりだ。座ったまま伸びをして軽い眠りに入っていた身体を起こし、憂鬱な原稿を持って再びスポットライトの光の中へと戻った。
この仕事から解放されるまであと四日。
目を開けた。目の前には電車のホームの弱い蛍光灯の光が降り注いでいる。私にはその光さえも眩く感じる。ホームの椅子で少しだけ寝ていたようだ。時刻を確認する。そろそろ最終の電車がこの駅に止まるはずだ。
私はその電車によって私の人生の幕を閉じることに決めている。ホームには数人の人と車掌さんが一人。終電だから、太陽が出ている間の電車よりかは人に迷惑をかけないだろう。そんな安易な考えからこの時間を選んだが私は別段後悔はしていない。私には光あふれる昼間よりも、この静かな夜の方がお似合いだ。
電車が来るまであと三分。
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