【読書記録】吉村昭「高熱隧道」
「昭和は今考えるとおかしい」
テレビ番組のフォーマットで、年の差ゲストを読んで昔の映像を流すのが人気だ。
ぼくは理解できる昭和もあるけど、
「黒部渓谷のトンネル工事、開通までの犠牲者300人以上」
は、さすがにノンフィクションなのか、あとがきを読むまで信じられなかった。人名や細かい行動はさすがに架空のようだが、事実関係は調査した通りだという。
発電所完成のために北アルプスに貫通させるトンネル工事の記録文学。
その地域を掘り進めるには、温泉が出る高温の岩盤を掘らないといけない。
現場は歩けないほど高温の密閉空間になり、火傷、失神は当たり前。
計算上ではどんなに奥地でも100度はいかないはずの岩壁は、特殊な温度計で最高166度を示した。
40度でも自然発火の恐れがあって危険なダイナマイトを、倍の温度の岩にしかけふ。案の定誤爆して、現場員4人が即死するショッキングな事件が起こる。
バラバラになった遺体の処理と引き渡しが終わると、ダイナマイトは次の作業員が仕掛けないといけない。足がふるえて拒否する男に、何をビビッてんだと先輩が頬を張る。
冬になれば、外は雪崩の危険にさらされ、トンネル内部は温熱地獄。精神に異常をきたす者も出て、作業員の遺体で舗装していくような工事になる。
さらに大きな事故が重なったところで、さすがに工事が中断しかかるのだが、まさかの嫌がっていた作業員サイドから
「やめたくない」の声が出るのだ。
わずかに貯えができるほどの特別賃金、戦争に駆り出されている若者も同じく命をかけていること、雪の中に埋まったかつての仲間たち。
いろんな要素が人をおかしくさせて、終盤での両サイドからの岩盤貫通までは異常な熱量で進行していく。
「このような頑張りのおかげで今の便利な暮らしがあるのです」
といった美談にしてなくて、ただただ狂気の空間の記録。
でも、ブラック企業だとか、外部から見れば明らかに放棄すべき仕事でも内部では「これだけやりとげて終わりたい」になるのかもしれない…。
いつ背後から襲われてもおかしくないほど張り詰めた空気を、最後は主人公格の責任者たちが逃げるように去っていく。
最前線に立つ作業員の、善良さと純粋さに敬意をはらいつつ、その思いを利用するように描かれていたのが印象的。